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互いに出勤準備を終え、玄関で靴を履いていたとき。周が天井を見上げた。
「あのさ」
靴ベラを戻し、視線の先を追えば、丸いライトが煌々と光っている。
「幽霊ってことはないよね?」
「え」
予想外の言葉に、周の顔を確かめれば、冗談で言ったのではないのが表情でわかる。
「故障とか不具合とか説明がつくならいいけど。つかなかったら、そういう可能性もあるかなって……誠一さん?」
「ふ、ふふ、ごめん」
「ちょっと、ひとが真面目に心配してるのに」
「だって、まさか周が『幽霊』なんて言うと思わなくて」
見た目こそ派手ではあるが、実家の経済状況と自分の将来を考えて美容師免許の取れる通信制高校を選んだことや、実家から送られる食材で休みの日に作り置きしていることを知っていたので、俺の中の周は「堅実」で「現実的」な青年だった。
だからこそ非現実的である「幽霊」という言葉が周から出てきたことにびっくりしたし、自分以上に気にしてくれていたのだとわかって嬉しかった。
「いや、俺だって見えるわけじゃないし、心から信じてるわけでもないけど」
でも、と周が眉を寄せたのは俺に笑われて怒っているからじゃない。言葉どおり「真面目に心配して」くれているから。
「心配してくれてありがとう。じゃあ、管理会社に一度見てもらって、それでも原因がわからなかったら、お祓い付き合ってよ」
おはらい、と口の中で繰り返す周の頬にキスをして、ドアを開ける。
「周はどこか行きたいところある? 車でも新幹線でもいいよ。何なら飛行機でも。俺のお祓いのためだから、費用は俺が持つし」
「それって、ただの旅行じゃ……」
「せっかくだし両方兼ねてるほうが得でしょ」
「やっぱりテキトーだ」
キーケースを手にした俺を制し、周がリュックの中からキーホルダーを取り出す。
真新しい鍵が差し込まれ、金属音が小さく鳴る。今この瞬間にどうしても必要だったわけではない。けれど周は今使うことを選んだ。俺の部屋だけど、俺だけの部屋じゃない。そう、周に言われた気がした。
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