12 認めたくないこと

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12 認めたくないこと

 シャンタルの体調が戻ったすぐその後、まるで見計らったように侍女頭と警護隊隊長から、アランとミーヤに呼び出しがかかった。場所はヌオリたちの部屋だ。  昨日のうちに侍医から連絡はいっていたのだが、何しろ脱臼患者が2人いたので隊長を考慮し、一日様子を見ることにしたのだ。  2人がヌオリたちの部屋へ入ると、すでにキリエとルギが待っていた。  ケガ人2人はソファに腰掛け、ヌオリとあと2人の貴族らしい若者はテーブルの椅子に座っている。隣の部屋から持ってこさせたらしい椅子が2脚あり、ヌオリたちの向かい側に配置されていた。  アランとミーヤがヌオリたちの向かい側に座るように言われて座ると、ヌオリたちがなんとも言えない薄気味悪そうな顔でミーヤを見た。 「侍医から聞きましたが、一体何があったのです」  キリエがミーヤに聞く。 「あの、よく分かりませんでした」  ミーヤは今は何があったか分かっているが、それを正直に言うわけにはいかない。あの時、何をどう思ったか、それを伝えるしか無いだろう。 「分からなかったとは?」 「何が起こったのかが分かりませんでした」  キリエはミーヤをじっと見て、 「この侍女はこう言ってますが、本当にこの者がお二人にケガをさせたのですか?」 「ええっ!」  ミーヤが思わず驚いて声を上げ、急いで口を閉じた。キリエの様子を伺うと、キリエはちらりとミーヤを見ただけで何も反応はせず、ケガをしている2人の貴族の青年にもう一度確認する。 「いかがです?」 「いや、あの……」  ヌオリの指示でミーヤに危害を加えられたと言ってはいるが、実際のところは何が起こったのかさっぱり分からない。返事に困る。 「いかがでしょう」  キリエがもう一度、さっきよりゆっくりと尋ねると、肩と手首を固定している二人が思わず震え上がる。  鋼鉄の侍女頭。その名前は耳にしたことがあり、遠くから見たこともあるが、あまり大きくはないこの老女のこの迫力はなんなのだ。とても嘘をつき続ける自信はない。 「お答えいただけないのでしょうか?」 「あ、あの、本当のところは分かりません」  肩を固定している若者が青い顔でそう答える。 「分からない? 侍医にはこの侍女に投げ飛ばされ、肩をはずされた、そう言ったのではないのですか?」 「いや、あの、それは、そうとしか思えなかった、ということで」  顔いっぱいに汗をかいている。 「では、もうお一方はいかがでしょう」 「あ、あの、私も同じです」 「そうですか」  キリエはルギを振り返り、 「警護隊隊長、この侍女にそのようなことは可能だと思いますか」 「いえ、無理だと思います」  ルギが無表情に答える。 「そもそも侍女は格闘術など学んでおりませんからな。それに、もしもその術を身に付けていたとしても、よほどの達人でないと一瞬で肩や手首をはずすなどできないでしょう」 「そうですか」  ケガをした2人はもう真っ青になって震えるしかない。 「そもそも、どのような理由で侍女に投げ飛ばされる、などということになったのでしょう。お話しいただけますか」  圧倒的迫力の警護隊隊長にそう聞かれて、ますます2人は萎縮する。そばに座っているヌオリたちも同じくだ。 「侍女ミーヤ、事情を説明してください」    誰も答えられないと見て、キリエがミーヤに説明を求めた。ミーヤはセルマの部屋から出て、アランたちの部屋の前まで来た時に声をかけられたこと、その後色々なことを言われたがさっぱりわけがわからなかったこと、などを素直に話した。  アランは吹き出しそうだった。それはそうだろう、言いがかりをつけて侍女を部屋へひっぱりこみ、いかがわしいことをしようとしていた、など言えるはずもない。アランはいつもの冷静な表情で笑うのを我慢する。 「アラン殿、お二人の治療をしていただいたとのことですが、見ていたことがあれば話してください」 「ああ、はい」  キリエが今度はアランに尋ね、アランはもちろんしっかりと嘘を答える。 「なんか、部屋の前にミーヤさんが来たような気がしたんですが、ノックもしないし、どうしたのかと思ったら部屋の外で、ぎゃっとか、ぎょっとか、そんな声がしたんですよ。それで何かと覗いたらお二人が倒れてました。ミーヤさんが侍医を呼びに走ったんですが、気になって見に行ったらあっちこっちはずされていたもんで、それで入れておきました」  アランは、洗濯でも取り込んだかのように簡単に説明した。 「ありがとうございます」 「いえいえ」  ヌオリたちはさっきまでミーヤのことを恐ろしげに見ていたが、今はこの侍女頭と警護隊隊長の前で、ごく普通、何も恐れることもなく平然としているアランのことも恐ろしく思っていた。 「ヌオリ様はいかがでしょう。その場にいらっしゃって一番全てを見ていられるお立場にいらっしゃったと思うのですが」  ヌオリはただ沈黙するだけだ。  ヌオリは全てを見ていた。ミーヤをつかもうとした仲間の手が、ミーヤに触れる直前でいきなり妙な方向に曲がってはずされたことも、その後、ミーヤを殴ろうと手を振り上げたもう1人の肩が、振り上げた方向にいきなり曲がってはずれたことも。だが、そんなありえないことは認めたくなかった。何も言えなかった。
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