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14 退去勧告
「つまり、あなた方はこの侍女を、自分たちの部屋に引き入れて辱めようとした、そう理解して構いませんか」
「辱めるだと? 光栄だと思ってもらいたいものだな、そんな卑しいならず者の相手をするよりも、我らのような高貴の者の相手を務める方が、その侍女だとてこの先の未来が開けるというものだ。あなたも侍女頭なら、もっと侍女たちの本心に寄り添ってやったらいかがか」
ヌオリはキリエのことも馬鹿にするような口調でそう言った。
「それは一体どういう意味でございましょうか」
「国王陛下の後宮にも侍女の出身の者がいる。その者は地方の貴族の出で、陛下の目に留まることで一族は大変な恩恵を受けた。なんという孝行娘であることかと、皆、口を揃えて言っているぞ」
ミーヤは八年前の交代の日、渡り廊下からトーヤたちと一緒に見た、前国王の側室の方たちの中にいた、緑のドレスの方のことを思い出していた。小さなお子様を抱いていらっしゃった。リルがあの方は元行儀見習いの侍女だったと言っていた。
キリエはヌオリの言葉にも一切様子が変わることはない。その鋼鉄の仮面をじっとヌオリに向け、黙って見ている。
ヌオリはキリエの視線をなんとか受け止めたが、何を考えているか分からない、少し白く濁ったその瞳を受け止め続けるのは困難そうだった。
「まあ、だが、そうまでして隠したいことであるということも理解した」
ヌオリはそう言ってキリエからすいっと視線をそらせる。
「その侍女への興味も失せた、このまま知らなかったことにしてやる。その者を連れて戻るがいい」
ヌオリは貴族の尊厳を守るかのように、尊大にそう言い放つ。
アランはものすごく頭に来た。貴族という存在を知ってはいるが、直接こうして対面してということはほとんどない。知ってはいたつもりだが、こいつら許せねえと思っていた。
「やはりシャンタルは慈悲の女神」
突然のキリエの言葉にアランが思わずそちらを振り向く。
「長年、この宮にお仕えいたしてきましたが、この年になってもまだ、その御心の深さに触れる機会をいただけるとは、とてもありがたいことだと思います」
誰もキリエの言葉の意味を理解できなかった。
「どういう意味だ」
ヌオリが威厳を保ちながらなんとかそう聞いた。
「この者、託宣の客人トーヤの世話役となったミーヤ、一体どのようにして選ばれたとお思いになられますか」
「え?」
「一体誰が、この者を託宣の客人の世話役に付けたかをご存知でしょうか」
「それは、そなたであろう。侍女頭だからな」
「そうお思いですか」
キリエの言葉はあくまで静かだ。だが、ヌオリはその静けさがなぜだか恐ろしく感じられ、言葉を返せなかった。
「ミーヤを世話役にとお選びになられたのはマユリアです、マユリアの勅命でした」
「えっ!」
さすがにヌオリが驚いて声を上げた。
たとえ高貴な家の出であったとしても、マユリアは遥か高みに御座すお方、神だ。その神がご自身でこの侍女を選んだというのか。
「あなた様のおっしゃることが事実であるとするならば、それは、マユリアがお命じになって、侍女をその身を穢す職務に就けたということになります。そう理解してよろしいでしょうか」
「そ、それは……」
それは困る。もしもそんなことを考えたことになったら、自分は一体どうなる!
「おそらく、あなた方はそのことを知らず、勘違いでミーヤを、シャンタルに仕える侍女を、そのような者として、凌辱なさろうとなさった」
今となってはそれが事実だ。ヌオリたちには返す言葉もない。
卑しい役目の侍女だと思った。だが、その侍女を指名したのがマユリアならば話は別だ。とんでもない勘違いというものだ、神のなさることを辱めるのと同じことだ。
「もしも」
混乱するヌオリたちにキリエの言葉が届く。
「あなた方がそのような状態にならなければ、もしかしたらその望みを果たしていたかも知れません。何しろ力を持たぬ侍女1人に対して立派な男性が3人です。とても抵抗などできなかったでしょう」
ヌオリたちの体が小さく震えだす。
「ですが、ケガをなさったことで、その歪んだ欲望を果たすことができなかった。もしも思いを遂げていたなら、一体どれほどの神罰を受けたことでしょう」
「神罰!」
「それを、その程度でお許しくださった、そして反省の機会をくださった。シャンタルの慈悲です」
「シャンタルの……」
3人は顔色を無くし、今は遠目からでも分かるほど震え続けている。
「シャンタルの御慈悲です」
キリエはもう一度そう言った。
「あなた方が取り返しのつかない間違いを犯す前に、そうして教えてくださった。そのことをありがたく思い、反省なさることです。そうすればなすことが自然と分かることでしょう」
なすこと、一体それは何だ?
考えるが3人は混乱の極みで考えをまとめられない。
「今すぐ、このミーヤに謝罪をなさることです。その上で、一刻も早くこの宮よりお立ち去りください。これは侍女頭としてではなく、神意を組んだ、古くよりシャンタルにお仕えする、古い侍女からの進言でございます。尊きご出身の、その御身のために申し上げております」
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