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15 自尊心と謝罪
謝れと言われても、元が高貴な家の出身、頭を下げることなどほとんどない。下げることがあれば、相手は王族か、目上の貴族、そしてシャンタルとマユリアぐらいだ。
それが、この目の前の、見るからに高貴の出ではない侍女に頭を下げろと言うのか。5人の若者は戸惑い、顔を見合わせたまま動かなくなる。
「そちらのお二方」
キリエがケガをしていなくて、ヌオリの隣に座っている2人の若者に声をかけた。
「お二人は、その時にどこにいらっしゃいましたか。現場にはケガをなさったお二人とヌオリ様のお三人だとお聞きしましたが。その時には別の場所にいらっしゃったのでしょうか。それともこの部屋で、これから何が起きようとしているかをご存知だったのでしょうか」
キリエは何も感情を感じさせず、淡々と言葉だけを並べて聞かせる。その口調が5人の若者には冷たく突きつけられたようで、ますます震え上がる。
「いかがでしょう、どちらにいらっしゃいました」
それまで他人事のように聞いていた2人が、顔を見合わせ、
「こ、この部屋の中にいた」
「だから私達は関係がない」
と、弱々しく答える。
「さようでございますか。では関係のないお方ということでよろしゅうございますね。ただ」
キリエが感情を見せぬその瞳を、今答えた2人の若者にまっすぐに向けた。
「シャンタルは何もかもご存知でいらっしゃいます。その上で、そちらのお三人に謝罪の機会を下さったのです。もしも関係のない方ならばいいのですが、本当は関係があるのに、何が起ころうとしていたかを知っていた、もしくはそのことに参加しようとしていたのに、知らぬを通すということは、シャンタルが下さった貴重な機会を自らお捨てになるということです。それだけは重々、ご承知ください」
2人はギョッとした顔になって顔を見合わせ、
「わ、分かった、謝ればいいのだろう!」
と、ぶんぶんと頭を上下に振った。
キリエはそれだけを見届けると、後はじっとだまって5人の若者を見つめる。
ヌオリが仕方がない、という風にさっと軽く頭を下げたか下げぬか分からないぐらいに振り、
「これでいいのだろう!」
と、すねたように言い捨てた。
「さきほど申し上げました」
キリエの声にヌオリがぎょっとしたように、反射的にキリエを振り向く。
「今度のことはシャンタルの御慈悲であると。高貴の方々が神に敬意を表す時にはそのようになさる、そういうことなのでしょうか」
「い、いや……」
「神に対する最上の敬意を示すこと、それこそがその御慈悲に対する最上の礼ではないでしょうか」
ヌオリが苦々しげにキリエを見てから、ケガをした2人、そばにいた2人に首を振って何かを促した。
ヌオリを先頭に、ケガをした2名、そばにいた2名がミーヤの前に近づき、膝を付いて最上級の礼を取る。そして、
「大変申し訳ないことをいたしました。こちらの勘違いとはいえ、失礼な態度を取りましたことをお詫び申し上げます、お許しください」
と、謝罪の言葉を口にした。
ミーヤは高貴の方が自分にそのような態度を取ったことに困ってキリエを見るが、キリエがゆるく微笑んで頷くのを見て、
「いえ、もうよろしいです、頭をお上げください」
と、なんとか口にすることができた。
「よろしゅうございました、これできっとシャンタルも満足なさいますでしょう」
キリエが5人の若者にもなんとか分かるぐらいに笑みを浮かべた。だが、5人には鉄の仮面の方がなぜだか人らしく感じられ、またゾッとする。
「では、荷物をまとめられましたら、声をおかけください」
「なんだと、侍女がやってくれるのではないのか」
「申し訳ありません」
キリエは腰から深く頭を下げ、
「仮にもあのようなことをお考えになられました皆様のこと、今は侍女をこの部屋に近づけることはいたしかねます」
「なんだと!」
ヌオリが失礼な言葉をかけられたと声を荒らげたが、
「シャンタルの御慈悲」
キリエがそう言うと、ヌオリも黙った。
「では、連絡をお待ちしております。ミーヤ」
「は、はい」
ミーヤはキリエに伴われて部屋を出た。
「では、後で衛士を差し向けます」
ルギもそう言ってアランと共に部屋を出た。
ヌオリたちは腹立たしく思いながらも、自分たちで荷物をなんとかまとめ終わると、鈴を振って合図をした。
衛士が数名とキリエがやってきて、5人の若者を伴って出口へと歩く。その途中、衛士が見張っている部屋の前まで来ると、
「少しお待ち下さい」
キリエはそう言って、ヌオリたちをセルマのいる部屋の前に待たせてドアを開けた。
「なんでしょう」
部屋の中から女の声がした。外にいるヌオリたちには中にいる人の姿までは見えないが、中にいるのは確かに女性であると分かった。
「変わりはありませんか」
「おかげさまで」
「ミーヤは今日、少し用があって戻るのが遅くなると思います」
「ミーヤがですか?」
「ええ、それを伝えに来ました」
「そうですか」
キリエはそれだけの会話を終わらせると、廊下へ出て、
「参りましょうか」
ヌオリたちに声をかけ、5人の貴族の若者には何も説明せず、そのまま正門から外へと送り出した。
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