18 思いやりの味

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18 思いやりの味

「キリエ様……」  ミーヤはキリエの思いを、そのまま全部を受け止めきれぬほど大きく感じた。  あの方たち、決して自分のような身分の者に頭を下げることなどない高貴の方に、あのように正式の謝罪をさせてくださった、それがどれほど難しいことなのかミーヤにも分かる。本来なら、何があろうと文句の言えない立場であった。たとえ、間違いから何かがあったとしても、だ。 「ありがとうございます」  ミーヤはその一言だけを口にし、キリエもそれを聞いてほんの少しだけ微笑んだ。  お互いに、それ以上言えることはなかった。それでも互いの思いは通じていた。 「セルマに、今日はミーヤは少し遅くなると伝えておきました」 「え?」  キリエはそう口にすると、お茶を一口飲んで、いつもの焼き菓子を一つ口に含んだ。そして知らぬ顔でお菓子を味わっている。  ミーヤは少し考え、やっと意味が分かった。  おそらく、キリエはあの貴族の若者たちに、あの部屋にいるのが本当に女性であることを知らせるために、わざと途中でセルマに伝えに行ったのであろう。部屋を開けて中にいる人を見せなくても、声を聞かせたら嘘ではなかったことを教えられる。 「おまえは今、あまり自分の部屋へ戻る時間がとれないでしょう。たまには一人でゆっくりしてはどうでしょう」  キリエはそう言って、また一口お茶を飲んだ。  ミーヤはキリエの思いやりがうれしかった。   「ありがとうございます。あの、キリエ様はこの後で、何かご用事でもおありでしょうか?」  ミーヤがそう言うと、キリエは軽く驚いた顔をしたが、 「まあ、いつもの業務はありますが、これといっては特に」  と答えた。 「では、もう少しここでお話をさせていただいてもいいでしょうか」 「ここでですか?」 「はい。お忙しいのは承知しております。ですが、もう少しだけ、キリエ様とお話をさせていただくわけにはいきませんか?」  キリエはいつもより少し大きく目を開いてミーヤを見ていたが、 「いいでしょう。では、もう少しだけ」  そう言ってくれたので、 「ありがとうございます」  ミーヤは満面の笑みを浮かべる。  キリエは当番の侍女にもう一度お茶のお代わりと、何か別のお菓子をと声をかけ、いつもの焼き菓子ではなく、もっと小さくて色々な色をした、カリカリと軽い丸いお菓子を持ってこさせた。 「これは、初めて見ました」 「そうですか、食べてみなさい」 「はい」  ミーヤはその中から自分の衣装と同じオレンジの粒を一つ、親指と人差し指でつまむと、口に放り込んで噛んでみた。  カリッと軽い音がして口の中であっという間にシュッと消えてしまい、甘い柑橘の味だけが残った。 「なんなんですか、これは」  ミーヤが驚いた顔をするのを見て、キリエが楽しそうに笑った。 「先日、リルのお父上、アロ殿が持ってきてくださったのです。東の町で見つけた珍しい菓子だと」 「まあ」 「珍しいでしょ、後で少し持っていきなさい」 「よろしいのですか?」 「ええ、アランと、それからセルマにも」    キリエはそう言ってまたお茶を飲んだ。  ミーヤはキリエと、本当に何気ない思い出話などをして楽しい時間を過ごした。主な話題はリルやダル、それから月虹隊の話などだった。 「そろそろいいですか」 「はい、お時間をいただき申し訳ありませんでした」 「いえ、私も楽しかったです。落ち着いたらまた一緒にこんな時間を持ちたいものです」 「はい、ぜひ」  キリエは担当の侍女に申し付けて、さっきの菓子が入った紙包みを2つ持ってこさせた。 「ありがとうございます」  菓子の包みを受け取ってミーヤが礼を言うと、キリエは、 「シャンタルの御慈悲」  と一言だけ言ってから、 「まだ時間はあるでしょう、今日は仕事はもうよろしいです。ゆっくりと過ごしなさい」  と、ミーヤを部屋の外へと出した。  ミーヤは小さな包みを大切に抱えながら廊下を歩き、キリエが何があったかの推測をつけているのだろうと思った。そして、その上であえて聞かず、あえて何も言わなかったのだとも理解した。  きっと、本当に何があったのかまでは分からなくても、そこにシャンタルが関わっているらしい、そう気がついてはおられるのだろう。 (何もお聞きになられないのは、きっと私を思いやってのこと。それから、今はまだシャンタルたちの行方は知らないようにするために、何も話さない方がいいということ。そして――)  ミーヤはピタリと足を止めた。 『エリス様ご一行が決して宮に戻ることがないようにしてください』  キリエが突然、トーヤたちに宮へ戻らせぬようにとそう言って来た。  そして不安に思ったミーヤが理由を聞いても、 『私にはおまえが何を言いたいのかがよく分かりません。ですが、その上であえて言います。沈黙を、言えぬことには沈黙を守りなさい』  そう言って何も言わず、何も聞かせなかった。    おそらく、キリエは今もあの時にミーヤに教えなかった何かを一人で抱え、一人で「何か」をするつもりなのだ。 ――それだけは止めないといけない、絶対に――  ミーヤは、軽くて重い菓子の包みをキュッと抱え直し、唇を噛んだ。
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