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20 赤い菓子、白い菓子
キリエはミーヤを送り出した後、奥宮のシャンタルの私室へと足を伸ばした。
「キリエ!」
まだ幼い主はうれしそうに侍女頭を迎える。
「どうしたの、何かご用事?」
「いえ、少し時間ができましたので、シャンタルのお顔を拝見しに参りました」
「本当!」
当代はキリエのスカートの上からうれしそうにしがみつく。
「ねえ、とても面白いお菓子があるの。オーサ商会のアロ会長からいただいた口の中で溶けるお菓子」
「ああ、それならキリエもいただきました」
「え~、そうなの」
シャンタルがちょっとがっかりしたように言い、キリエが申し訳無さそうな顔になる。
これは、知らぬ顔をした方がよかったのだろうか。一体どうすればすれば小さな主のお気持ちを損ねずお答えできたのだろう。
「じゃあ、キリエはどの色が好きだった?」
「え?」
「もう一度一緒に食べて、どれが好きだったかお話しましょう」
「ありがとうございます」
なんとお優しいのだろう。この幼さですでに他の者を労るお気持ちをお持ちでいらっしゃる。
キリエは小さな主に手を引かれ、食卓へ連れていかれながら、ある方のことを思い出していた。
その方は8歳の時はまだご自分の意思をお持ちではなかった。ただ座って人形のように自分たちに世話をされるだけの生活をなさっていた。それから十年後の今、立派な大人になられて、この宮を助けるために戻ってこられた。そして今回もミーヤを助けてくださった。
キリエはミーヤが思った通り確信をしていた。ミーヤを助けたのは先代「黒のシャンタル」だということを。
これで自分も思い切ることができる。交代までに済ませなければいけないことがある。交代の後に済ませなければいけないことがある。今日は主にその報告のために来たのだ。
「さあ、座って」
小さなシャンタルはテーブルの席にキリエを座らせると、テーブルの上に置いてあった象嵌がほどこされた美しい箱を両手に持ち、キリエの席の前に置いた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
小さな手でフタが開けられると、中にはキリエがミーヤに分けてやったのと同じ菓子が、宝石のようにキラキラと輝きながら入っていた。
「ねえ、どれが好き」
「さようでございますねえ」
キリエは少し迷ってから、
「柔らかい味の白がおいしかったかですね」
「ラーラ様と同じ」
シャンタルはうれしそうにそう言ってから、
「でも、シャンタルは甘い赤いのがおいしかったの。赤をお好きな方はいらっしゃらないのかしら」
と、少しだけ残念そうな顔になる。
そのお姿があまりに可愛らしくて、キリエは思わずクスクスと笑ってしまった。
「ねえ、アランは赤が好きじゃないかしら」
「アランですか」
「アランにもどれが好きか今度聞いてみます」
「それがようございますね」
「なんとなく、アランは赤が好きな気がするの」
これは、また明日アランにお茶のお誘いがあるに違いないと、キリエはそのことにも柔らかく微笑む。
「シャンタル」
「なあに」
「本日は、キリエはお伝えしなければならないことがあってこちらに伺いました」
キリエはできるだけ微笑みを崩さぬよう、主に不安を与えないように気をつけながら、伝えなければならない言葉を伝えた。
「ラーラ様と、ネイ、タリア、それからマユリアをここにお呼びいただけないでしょうか」
シャンタルはお菓子が入った箱を両手で抱えたまま、少しうつむいて、黙ってコクリと頷いた。そして声をかけて今日の側付きであったネイにキリエの言葉を伝える。
間もなくシャンタルの応接に、マユリア、ラーラ様、ネイ、タリア、そして小さな主が揃った。
「ありがとうございます」
キリエは5人の前で正式の礼を取り、そして言う。
「交代の時を持って、私は侍女頭の席を次の者に譲りたいと思っております。本日はそのお許しをいただきたく、お時間をいただきました」
ああ、やはりそうだったと小さなシャンタルは思った。
少し前のこと、ラーラ様が少し言いにくそうに、
「キリエはもう年を取り、侍女頭の役目を務め続けるのは体がきついのです。侍女頭を辞めたいとお願いに来たら、聞いてあげないといけません」
と、話してくれたのだ。
シャンタルの命は絶対である。だが、これだけは引き止めてはいけない、そういうことなのだ。
いつも忙しいキリエがお話に来たと言った時、その時が来たのではないかとシャンタルは思った。それで、少しでもその時に来てほしくなくて、お菓子の話をした。もしかしたら、おいしいお菓子を一緒に食べたら、キリエは元気になって侍女頭を続けられるのではないか、そう思ったからだ。
「シャンタル?」
じっと黙ったままのシャンタルにラーラ様が声をかけた。
シャンタルは答えなくてはいけない。どう答えればいいのかシャンタルには分かっている。ラーラ様が教えてくれたから。
「お返事の前に……」
シャンタルが違う言葉を口にしたのでラーラ様が驚くが、小さな主はそのまま言葉を続けた。
「まだ、一緒にキリエとお菓子を食べていないの。キリエが好きな白いお菓子とシャンタルが好きな赤いお菓子。それをみんなで一緒に食べてからではだめかしら」
これがシャンタルが今できる精一杯であった。
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