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角を曲がって少し歩いてから、後ろを振り返ってみた。さすがにストーカーみたいなことをするような人ではなくて少しほっとする。
こんな話なんて30分で片付けてやる!くらいの意気込みで臨んだけれど、ちょうどそれくらいで片付いたことに自分でにやにやしてしまいそうになった。
ずっとどこかに残っていたわだかまりとかモヤモヤとかイライラがすっきりして、なんだか笑い出したくなった。
時間通りに片付けたので、晃太との約束の時間まで20分の余裕がある。ま、いいかと思い待ち合わせのカフェの前まで来ると、晃太が窓際の席に座ってテーブルの上にいろんなものを広げているのが見えた。ガラスをコンコンと叩くと晃太は、わたしを見て満面の笑みを浮かべた。外は暑くてからだの中に熱がこもりかけていたけれど、明るいカフェの中はひんやりとしていて、晃太の前に座ると汗が吹き出してきた。
「ビールください!」
と言うと、フルーツソーダなんて可愛いものを飲んでた晃太が、
「あ、僕も!」
「随分早く来たのね?」
「うん、資料とか写真とか見せようと思ったけど、全然整理してなかったから早めに来たんだけど… そっちこそ早すぎない?」
「うん、仕事片付けるの早い方なんで。」
意味深に笑うわたしをアタマの上に?が浮かんでいるような曖昧な笑みで返す晃太が可愛い。
イヤホンを外すと、
「何聞いてるの?」
「DUOだよん」
「お、やる気満々じゃん。」
「そうよ、もう焦ってるんだから!」
「ビザは簡単に取れたでしょ?で、これがぼくらが住んでるハウスの写真。」
ipadをしゃっしゃっと流していく晃太の指を見ていた。この晃太の指は、あの晃太の指かな。
友人たちとふざけあったりじゃれたりしている楽しそうな写真がたくさん流れていく。
「ここなんだけど、今は8人住んでて、まだあとから8人くらい来るよ。住所と連絡先はこれね。メールでも送っておいたよ。場所はgoogle map見たら建物も確認できるよ。ぼくは来週の水曜にあっちに戻るからちょっとバタバタしちゃうけどいつでも連絡していいよ!」
晃太が南半球に行って半年。同じ英会話教室で現地の仕事の話を興奮して喋っていた大学生の晃太を、そんな選択肢もあるんだなあと自分とは遠いことのように思っていたけれど。メッセージのやり取りをしているうちにあっという間に旅立ちの準備を始めてしまった。仕事を辞めてしまうことにかなり大きな決断は要したけれど、アタマの片隅にはもうこっちに戻って来ることはないかもという思いもあった。
来週はもう9月。そして9月の終わりにはわたしは晃太のいる南半球へ行く。
今年のわたしは夏の終わりから春に向かう。
そしてまた夏が来る。
その夏を楽しむのはわたしだろうか?それとも?
宇宙(そら)へ行くのはわたしだろうか?それとも?
わたしのクローンと会うことはないだろうけれど、わたしは南半球の夏を楽しみたいのか、そらへ行きたいのかまだわからない。
南半球で晃太と恋に落ちるのはわたしだろうか?
船で晃太と恋に落ちるのはクローンのわたしだろうか?
そらは暗いのだろうか?
星々は明るいのだろうか?
ただ死んでしまうだけなのだろうか?
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