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出会い
私の名前は橘類花、二十八歳。自称筋金入りの腐女子の代表の一人である。
そんな自分も、今年の夏はとにかく干からびるほどの猛暑が続いていくなか、職場に行くにしても、友人に会うにしても、途轍もなく億劫で引きこもっていたいそんな気分だった。
自分には密かに応援している人物がいて、こんなヤケクソになりそうな時期にも推しに対する愛は止まる勢いなど一ミリも無駄にはしたくなかった。
夏を終える花火が上がり、うろこ雲が広がりを見せる頃、休日の午後にSNSで見つけた項目が目に留まった。
『あなたの推し、レンタルします』
何をふざけた広告だなと思い無視をしようとしたが、アプリを立ち上げる度にその項目が出てくるので、大した事ではないだろうと思い、ポチッと開いてみた。
そこにはまるで婚活相談所のサイトで見かける登録できる入力欄があり、私はいつしか惹かれるように自分の情報や推しの名前やどのように会いたいかなどといった事項を打ち込んで送信した。
それから五日後の夜、仕事から帰宅して夕食の準備をしようとした時に、インターホンがなったので、モニター画面を見てみると、黒い帽子を被った男性の姿があり誰か尋ねてみると、登録したあのレンタル業者の者だと言ってきたので、玄関を開けた。
「先日推しをレンタルする登録をなさいましたよね?」
「ええ。たしかにしましたが……あなたはどういった方なのですか?」
するとその瞬間に男性は被っていた帽子を取ると、私は息が止まるように言葉を失った。
「改めましてこんばんは。柳井俊之といいます。この度はレンタル登録していただきありがとうございます」
「あの……あの柳井俊之さんで間違いない……ですよね?」
「はい、そうです」
その目の前にいるのは、私が推しとして全てを捧げている舞台俳優の柳井俊之三十歳、張本人だった。リビングへと上がってもらい、ソファに座るように促すと彼は微笑んで私を見ていた。
「あの、今夕飯の支度をしていたんですが、柳井さんお食事は済まされてきましたか?」
「ええ。いただきました」
「私これから自分の分としていただくんですけど……食べていても大丈夫ですかね?」
「はい。お構いなく」
こうして平然としている私もどうかしている。
とりあえずは支度を済ませて一気に食べてしまおう。テーブル席でできた夕食を摂り、かけこむように食べていると柳井は向かいの席に座ってきて、こちらの顔をじっと見つめてきた。
「な、なんですか?」
「そんなに慌てて食べなくても良いですよ。ゆっくり摂ってください」
「でも、せっかく来ていただいたのに待たせてしまうのも悪いかと思いまして……」
「良いんですよ。今晩から僕こちらに泊まらせていただきますので……」
「と、泊まる?!そんな、聞いていませんよ?」
「契約書に書いてありますよ。登録時に、当日から本人の希望で自宅に泊まっても良いと……こちらの書類、持ってますよね?」
しまった、忘れていた。
確かに彼が持っている同じ契約書に、私が自宅に住み込ませても良いと判を押したのだった。
柳井を待たせて悪いと思い、再び口の中にたくさんご飯を詰め込むようにして食べていくと、更に彼は私を見てきた。
「何か、顔についています?」
「ご飯粒、ついていますよ」
彼は私の口元に触れてご飯粒をとり、それを食べて微笑んだ。小悪魔的スマイルをお見舞いされた気分になった。汗に汗が重なるように身体じゅうに流れていき、ここで吹き出してしまうとえらい目に遭わせざるを得ないとフルに思考を巡らせ、冷静になりながら微笑み返した。
食事を終え後片付けが終わると、柳井は浴室はどこだと言ってきたので案内をすると汗をかいているので貸して欲しいと言ってきた。
バスタオルを渡し、彼があらかじめ持ってきたバッグを持ち運んで浴室へと入っていった。しばらくして待っていると柳井が上がってきてソファに座り安堵した様子で身体を思い切り伸ばしていた。
「あの、今日お仕事はあったのですか?」
「一本だけでしたが、ナレーションの収録がありました」
「明日も朝早いんですかね?」
「明日からはしばらくお休みなんですよ。なので橘さんの家でのんびりしようかと。……嫌、ですかね?」
「いえええ、大丈夫ですよぉ。どうぞゆっくりしていってくださいぃ」
冷蔵庫から麦茶をグラスに注いで彼に手渡し、その飲み方はいつしかテレビのコマーシャルで見た飲料水の光景になり爽やかな空気が漂っていった。続いて私も浴室へ入り上がってから、リビングへ行くと柳井はテレビを見てくつろいでいた。
「聞きたいことがあるんですが?」
「何ですか?」
「結構他人の家でくつろいでいるの、慣れているんですね。どうしてそんなにリラックスできるんですか?」
「どちらかというと普段も自宅より他の人の家にいると、なんだか安心するんです。ずっと一人暮らしですしね」
「そうですか」
「橘さんは今回のレンタル登録って初めてですか?」
「はい。なのでかなり緊張しています」
すると柳井は手招きしてソファの隣に来て欲しいと言い、さりげなく座ると肩に手を回してきた。
「もしかしてあまり男性慣れしていない?」
「恥ずかしながら……付き合ってきた人もあまりいないんです」
柳井は私の頭を撫でてきたので、なぜ突発的にそういうことができるのか訊いた。
「こうすると演技だと思われるかもしれませんが、僕なりの人への接し方なんです。やっぱり触られると怖いですか?」
「私は……今日こうして初めてお会いした男性から撫でられることが、不思議でしょうかないんです」
「不思議?」
「ずっと舞台やテレビの向こう側でいる人が目の前にいて、どうしたらいいか戸惑っています」
「まあ、そうだよね。僕もレンタルされるの初めてだし……」
「初めて……なんですか?」
「契約期間内だけの関係ですが、できたらあなたと仮の恋人になっていただきたいと考えいます」
「状況はいまいちわからないです。でも……嘘でもそうおっしゃるのなら、期間中は私も柳井さんと一緒にいたいです」
彼は私の頭を肩に持たれさせて赤面の私に優しく見つめてきた。
「こうしていることは、契約上一切口外しないので安心してください」
そうして始まった推しレンタル。訳もわからないまま彼をベッドに寝かせると、私はその隣で布団を敷いてその日は脳が過敏になりながら眠りについていった。
とにもかくにもその日ばかりは頭の中がミキサーで撹拌されて混同していったのである。
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