幼心

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幼心

翌朝、酷い寝癖がついたまま起き上がろうとしたら、台所からいい香りがしてきたので覗くように見てみると柳井がガスコンロを使いフライパンに目玉焼きやベーコンを焼いていった。 私は慌てて手伝うというと、座って待っていてくれと返答してきたので、テーブル席から彼の後ろ姿を見つめては、こんな彼氏がいたらふんだんに周りに自慢したいなど頭の中を駆け巡らせていた。 「できました」と声をかけてきたので皿を持ち運んで並べていくと、どこにでもあるシンプルな朝食の構図なのに、この時ばかりはキラキラと食器が輝いて見えた。 「これ味噌汁と、ご飯。運んで」 「あ、はい。あの、料理って普段からされているんですか?」 「はい。スケジュールが空いている日は結構自分で作りますよ」 「そうですか。それじゃあ、せっかく作ってくれたので、いただきます」 正直に言う、地味に美味しい。 地味というか家庭的でまるで実家の母親が作ってくれたような優しい味が漂っていて、朝からこんな贅沢をさせてもらっている私は世界一の幸せ者だと感じていた。 「橘さん。どうかされました?」 「いえ、なんかすごくおいしくて……人に作ってもらうのってこんなにおいしいんだなって実感しているんです」 「ありがとう。良かった、僕も男友達とかに振舞う事しかないから、女性の意見ってあまり聞けなくてね」 「そう、ですか」 「そうだ。お互いの呼び方どうしましょうか?」 「私は……橘でいいですよ」 「せっかくこうして来ているんだし、下の名前で呼び合いましょうよ」 「えええっ?!」 「そんなに驚かなくてもいいよ。僕は類花がいいな」 「そ、そんな急に名前で呼ばれてもなぁ……」 「レンタルしたのだから一緒にいる間はそうしましょうよ。できれば敬語も使うのやめたいし」 名前ひとつでこんなにも動揺している自分もどうかしていると思っているんだが、この柳井俊之さまを目の前にして呼び捨てにするのは、彼の推し全ての同志たちに多大なる冷遇をお見舞いされるとも同一だと感じる。 しかしだ。レンタルしているのはこの私一人。 ある意味独り占めしているようなもの。本人からも読んでも構わないと言っているのだから思いきって呼ぶことに決意した。 「では、俊之さんと呼ばせてください!」 頭を下げてテーブルに向かって思いきり額を打つと彼は失笑し、顔を上げてくれと言ってきた。 「真面目なんですね。でも僕は好きですよ、類花さん。さあ食べよう」 しばらくして私は、黙々と食べていき二人とも食事を終えて、この後に何をするか話を切り出した。 「結構晴れてきているね。近くにドライブがてら出かけに行きましょうか?」 「ええ、まぁいいですよ。どこ行きましょうかね?」 「僕……あれやってみたいな」 「何ですか?」 「ここから近くのゲーセンってあります?」 「電車なら何本か乗り換えていけますよ」 「駐車場に自分の車止めてあるんですよ。一緒に行きましょう」 「分かりました。今支度するので少し待っていてください」 メークをして洋服を選び支度が整うと家を出て、彼の車に乗り込み颯爽と運転する助手席で彼の横顔に見惚れながら会話をしていった。 アミューズメントパークに着き、深く帽子をかぶりサングラスをかけている彼の後ろをついていきながら中に入っていくと、数十台あるUFOキャッチャーの前に来た。 「え?これが目当てだったんですか?」 「うん。あまり着たことが無くて前々から行きたかったんだ。どれからやっていこうかな?」 私は彼の好きな台を選んでもらいながら、ある大きな箱に入ってあるお菓子のクレーン台に来て、小銭を入れサングラスを外し真剣な眼差しでボタンを操作している彼を見ては、完全に童心にかえりながら夢中になっていた。 「ああ!取れない!難しいねこれ」 「好きなようにやっていっていいですよ」 「よし。今度は角度を変えて落とし込んでいこうかな」 側面のガラス越しに向かって中のお菓子をじっくりと観察し、ボタンを操作していくと、うまい具合に引っかかった。すると、「どう?どうだ?」と小声で言う彼がクレーンを覗き込み不意に当たったところで出口のところに箱が落ちた。 「すごい!今日初めてなんですよね?やるじゃないですか!」 「今度は類花さんがやってみてよ」 「どうしようかな……あの、ぬいぐるみのところに行っても良いですか?」 そこから少し離れた別のクレーン台に行き、私の好きなキャラクターのぬいぐるみを取ることに挑戦した。 「ええ?難しいなあ。思うように引っかからない……」 「試しに僕がやってみる。貸して」 彼もぬいぐるみの胴体にかかるようにクレーンを寄せていったが、そううまくはあたることはなかった。それでも彼は熱中して小銭を入れていきその頭の部分をよせてひっかけていくと、うまい具合にタグの部分に引っかかったので、二人で声をあげながら見守っているとクレーンはゆっくりと持ち上がりそのまま出口に入り、喜んで思わず彼の腕に飛びついた。 「もう奇跡しかないですよ!続けて取れる人ってなかなかいませんし。勘が良いんですね」 「たまたまだよ、自分でも驚いているしさ。良かったね」 「ありがとうございます」 柳井は私の顔を眺めきたのでどうしたのか訊くと、そうして自然に笑顔が出るのが素敵だと告げてきてくれた。地下にあるフードコーナーへ行くと、休日の割にはそれほど人がまばらにいたので、私たちは昼食を摂ることにした。 二人で同じチキンカレーを注文をして席に着いて食べていくと、再び彼がこちらを見つめていた。 「人の顔を見るの、癖ですか?」 「それもある。職業柄かもしれないけど、美味しそうに食べている人を見るのって楽しいよね」 「初めて言われました」 「類花さん、もっと良いように人に見られても良いのになぁ」 「そ、そうですか?」 「良い人や物事を引き寄せる力がある人ほどそのエネルギーって高いんだよ。魅力があるんだから、たくさんの人と関わってもいいんですよ」 私はその言葉とは裏腹に生きてきたところがあるので、彼の助言が嬉しくて感極まって自然に涙が溢れてきた。
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