夢中

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夢中

「大丈夫?」 「はい。急に泣いてすみません。私、自分の事良いように思えれたことがあまりないから、そういう風に言ってくれたのが嬉しくて……」 「自分に自信持っていいんですよ。悩んでることがあるなら、また教えて。相談に乗るよ」 柳井はきっと人ができているんだなとつくづく思った。俳優という仕事はそう簡単になれるものではないし、なれたとしてもいつまで続けてられるか不安定なものが多い。果たしてこの期間の間に私は彼に何かを支えてあげられることはできるだろうか。 そうしているうちに彼はスイーツでも食べようかと言い出したので、フードコーナーから離れたところにあるジェラートのお店を見つけると、ケースの中にある数種類のジェラートを見てどれにしようかと二人で選んでいった。 屋外へ行き東京湾の見える場所のベンチに座り、少し溶け出したジェラートを食べていると、柳井は私の分をスプーンですくいひと口食べてきたので、どうかと聞くと美味しいと答えてくれた。 「僕の食べていいよ」 「いや……それじゃあちょっともらいます」 「どう?」 「美味しいです」 食べ終えてしばらく海を眺めていると、空に低い雲がかかってきた。私はこうして二人きりでいることにまだ慣れていない分緊張が抜け出せないので、柳井にある事を聞き出した。 「私がいいと思ってレンタルを承認した理由って何なんですか?」 「その話が来た時は僕も戸惑ったよ。見ず知らずの女性の家に上がり込むのもどうだろうって考えたし、緊張だってしたさ。実際に会った時に……何て言うんだろう、自分の家に帰ってきた気分になってね」 「実家ということですか?」 「うん。自分も小学生の頃に親が離婚して父親と二人で暮らしてきたから、母の事が気になって仕方がなかったな」 「今は、連絡は取れているんですか?」 「母はもういない。亡くなって今年が三回忌なんだ」 「会いたいですか?」 「会えるなら会いたいよ。その願いを叶えてくれるなら、どうにかしてでも会いに行きたいさ」 「なんか、しんみりしてしまいましたね。余計なこと言ってごめんなさい」 「いいんだよ。故人を思い出すことも大事だしね。雨が来そう。そろそろ帰ろうか」 車に乗って自宅へ帰ってくると、強く打つ雨が風に舞うようにして怒りを出しそうな勢いでいた。リビングへ向かうとその瞬間柳井はドアを閉めて私を抱き寄せてきた。 「私たちまだ二日目ですよ。こうしているなんてどうかと思いますが……」 「僕が、怖い?」 彼はじっと見つめて腰に片手を回してきた。 「僕らが悪いことをしているなんで誰にも決められていない。決めなくても、求めてもいいことなんだよ……」 「私、俊之さんのこともっと知りたいです」 「僕もだ。触れる度にもっと知りたくなってきている……」 持っていたバッグを床に落とすように置くと、私は身体が硬直したまま引き寄せられて、彼は甘く優しいキスをしてきた。唇同士が熱くなり、今にも(とろ)けてしまいそうなくらい唾液があふれてくると、彼は舌でそれをすくい上げ私の前歯の裏側をはじめ、丁寧に舐めては唇で愛撫してきた。 「俊之……さん。だめ……」 「僕と同じように、類花さんも舌を入れてきて……」 私は不器用ながら彼と同じように唇で触れていくと、いつしか彼の首に両腕を回して、その心地よさに浸っていっていた。 「良いよ、もっとしよう」 ソファに仰向けになり上体をのしかかるその重さが重なり合うと、しばらくの間何度もキスを交わしていった。 「どうしよう……気持ちいい……」 「可愛いね、良いよ。もっと自分を出してごらん」 その言葉が脳裏に焼き付くと、彼の胸元に触れては唇が熱くなり過ぎて、一旦離す。再び彼が頬を包み込むように両手を添えてくると、唇が無意識にその口を塞いで舌で舐めていく。息つく間もないまま二人は抱きしめていると彼はじっと見つめてきた。 「……何?」 「緊張が解けたようだね。気を許してくれた証拠だよ」 「……あっ、私ずっと身体を抱えたまま夢中になっていたかも……」 「良いんだよ。今日はここまでにしておこう。またしようね」 「はい……」 いつの間にか雨がやんで夕立ちの空が広がっていた。冷蔵庫を開けると食材が少なくなっていたので、二人で近くのスーパーへ行き、買い物を終え家に帰ると、早速一緒に夕食の支度をしていった。テーブルに並べていった茄子のアラビアータとサラダが食欲を増していき、彼と会話を交えながら食事を摂っていった。 食後に飲むワインが美味しい。 柳井は今の仕事について話を切り出し、俳優になった経緯や共演時やスタッフとして関わる人たちのことを話してくれた。俳優だけではなく声優や舞台演出としての顔をもつので、私が今まで観てきた舞台の話をしていくと、それに応えつつ時には冗談も交えて笑いをとっていくと、聞いている自分も楽しくなっていった。 それから一週間、また一週間があっという間に流れていき、四週目に差し掛かった頃に私は彼にある相談を持ちかけみた。
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