前編

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前編

 気の合わない同僚しかいない職場って、小さな地獄だ。 「……ねえ、ヴェイン卿のってなにげに大きくない?」  また始まった。  刺繍の時間なんかに今みたいに王妃さまが席を外されると、いつも真っ先に手を止めておしゃべりを始めるのが金髪のリズだ。  わたしのうんざり顔なんてお構いなしに、赤毛のキャシーが話に乗っかる。 「でも、中身は綿とか藁なんでしょう?」  黒髪のマーゴも負けじと知識を披露する。 「あら、ちょっとした小物入れになさってる方もいるらしいわよ」 「知ってるわ」  なぜかとても得意げにリズは言った。 「実は私……、ある方からお菓子をいただいたことがあるの」  キャシーとマーゴがキャーと歓声を上げる。う、うるさい。 「の中にしまわれてたお菓子ってことー!?」 「誰からもらったのよ!?」  リズは嬉しそうに困ってみせた。 「それは言えないわよお」 「よほどの仲じゃないとそんなことしないでしょ!?」  キャシーの言葉にわたしも心の中で頷く。あんなところから出したものをもらって、それを嬉々として報告するなんてよっぽどだ。 「やめてよー、私はそんな軽い女じゃないわ。素敵なお友達の一人よ」 〝素敵なお友達〟が何人もいるらしいリズがそう言うと、マーゴが意味ありげに訊ねた。 「お菓子は……甘かった?」  リズは青い目を細め、赤い唇をちろりと舐める。 「とてもね」  キャーというよりはギャーの域の悲鳴が上がる。  ああ……王妃さま、早く戻ってきてくださらないかなあ……。陛下のお召しだから、長くかかりそうだけど……。
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