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第十章 終わり良ければ総て良し
ライブ当日、会場には多くの人が集まっていた。
「実咲、優菜、今日は最高の日にしようぜ」
楽屋で二人に意気込みを伝えた。
実咲と優菜は自信に溢れた目でうなずいた。
ステージのバックには海が広がっていた。
ライブの開園時刻は夜の七時だが、海はライトで照らされ、波の形がくっきりと見えた。
「皆さん!今夜はお集まりいただきありがとうございます」
実咲は開演の挨拶を始めた。
俺は・・・緊張というよりかは興奮していた。こんなに多くの客を一度に見るのは人生で初めてだからだ。
コズモスのファン層は若い女性が多いが、今回は家族連れも多く見られた。
最初の曲は恋に敗れた人への悲しみ溢れる曲だった。
自分でも演奏しながら感動してしまった。クララと俺のように。もう会えないかもしれないと思いつつ恋心を抱くのは本当に辛いことだ。
ただ巡り合えた奇跡を祝うことしかできない、そんな男の気持ちを歌った曲だった。
演奏が終わった後の拍手は未だかつてないほどに盛大だった。
この曲は実咲が作詞作曲したもので、後で聞いた話だが雅人とクララを元にしたらしい。
二曲目は珍しく優菜が作詞をし、実咲が作曲を行った曲だ。穏やかなメロディーでどこまでも広がる自由な土地に独り、まるで狼のような人がいた。そんな人に‘‘ある思い‘‘を寄せた素敵な曲だった。
「この曲を聞けば誰でも優しさに浸れます、皆さんとお約束しましょう」
優菜は曲が始まる前にそう自信を持ってい言った。
実咲の声とギターとキーボードの静かな音、応戦のフルートとハーブが混ざったこの曲を聞いて泣く人もいた。
三曲目は生命の尊さを歌った曲だった。
「僕ら人間とて無数にある生命の一つなのです。言葉は通じないかもしれない、でも僕らと同じ思い、僕らと同じ世界を生きている仲間はたくさんいます」
実咲がそう言うと最後に「神様もね」と少しだけ笑って言った。
四曲目は俺が作詞、実咲が作曲した曲だ。
それは簡単に言えばいつまでもこの三人でいたい。という曲だった。
例え天国や楽園と呼ばれている場所でも自分がいるべき場所には、敵わないほどの魅力がある。もしそこに悲しみや苦しみがあっても、その感情や思いはその人を成長させ、その人をもっと、より良い人にしてくれる。
アダムとイブもエデンを離れて初めて生きることを知った。
俺はそう思った。
五曲目は一人だけ周りと違う‘‘自分‘‘を歌った曲だった。雅人が一人で作詞作曲をし、自分の生々しい思いを書いた。
「時々複雑な気持ちになるんです。恋ってのは本当に恐ろしくて、もう会えないとわかっていても思いは大きくなるんです」
「僕が月の光を嫌ってしまう理由もそこにあったのかもしれません」
そう言って雅人がギターを弾くと実咲が歌い始めた。
その後はニ十分休憩となり、各自自由に過ごすことになった。
「雅人、いい調子だぞ」
実咲は階段にひっそり座っていた俺の隣に座り、缶コーヒーを渡した。
俺は微笑んで「本当にそうだな」と頷いた。
「雅人さん!お呼びですよ」
ライブのスタッフが雅人を大きな声で呼んだ。
誰が読んでいるかちっとも見当がつかなかった為、少しだけ重い足取りで向かった。一度振り向いて「これ、ありがとね」と缶コーヒーを持ち上げて実咲に言った。
「どこですか?」
俺は当たりを見渡してスタッフに聞いた。
「こちらへ」
スタッフはそう一言言って、人がいない小さな林を指さした。
俺は少し困惑したが、とりあえずついて行くことにした。
林は真っ暗で僅かな電灯だけが頼りだった。
「あの、どちら様ですか?」
恐る恐る訊いてみた。先を歩くスタッフは聞こえなかったのかサクサクと黙って前を歩いた。
「はあ」
スタッフは大きなため息をついて、大きな切り株に腰を下ろした。
「君も座っていいよ」
スタッフはそう言って手を膝に乗せた。
俺は一度ぺこりとお辞儀をし、遠慮しながらも腰を下ろした。
「月へ行くのか坊や」
聞き覚えのある声でスタッフは言った。
あの時の女の人だった。
「あ、え、はい」
俺は慌てて返事をした。うまく状況が読み込めなかった。
女の人は被っていた帽子を取り、深く息をした。
「月は再び戦争に突入した」
女の人は目を細め深刻な顔で言った。
悲しみや苦しみのない世界での戦争ほど悲惨なものはないだろう。
「女王クララはどうなったんですか」
月への列車はもう出ない。そう悟った俺は先に質問をした。
女の人は下を向き、また深く細い息を吐いた。
「悲しい話になる。世には知らなくていい事もある」
女の人は俯いてそう言った。会場の方は賑やかだが、ここはまるで別世界だ。
俺は小さく頷いて「話してください」と言った。
「二年前の二月ごろ、月は戦争の時代へと突入していった、君も知っているだろ」
女の人は声を低くして言った。
「思い出せないんです、俺は戦争が始まった時何してたんすか」
俺は戦争を止めるはずの監察官であった自分への怒りと共に言った。
「監察官は皆、戦争の波に飲まれていった。悲しむこともなく、苦しむこともなく」
「ただ坊や、君を除いてだ」
女の人は顔を上げ、雅人の顔を見た。
「君は月でただ一人、生きようとした神様だった。そんな君を見てクララは君を地球へと送った」
「我々は知らぬうちに裏の月の人間を傷つけていた」
クララが俺を地球に・・?
一瞬意味が分からなくなったが、とあることに気がついた。
俺たちはいつも裏の月の人たちを‘‘悪魔‘‘と呼んでいた。
彼らは争い、喧嘩をし、時には傷つけあう。
しかし表の月も昔はそうだった。人々が神になる前、人はみんなそうだった。
死を失った表の月はいつの間にか生きることを失ってしまった。
欲しいものがなんでも手に入り、時間が好きなだけ使えるようになった人達はいつの間にか大切なものを失っていた。
「クララは君に感銘を受けた。彼女は一つ、生きる道を選んだ、彼女は停戦の為に戦った」
「やがて戦争は泥沼化し、事実上終わった。クララは戦争が終わった後も幾人もの人を助けた。しかし・・・」
女の人はそこまで言うと、一瞬しゃくり上げ、
「娘は死んだよ、クララは死んだ。無理をし過ぎたんだろうね、元々弱い体なのに」
彼女は肺炎を患い亡くなったらしい。俺は言葉を失った。
「でもいいんだよ、月で死ぬなんてね、あの子は女王としていつも仮面を被っていた。友達も少なく、本当に寂しい人だった。でも彼女は最後まで必死に生きた」
「最後にね、「それでも人‘‘生‘‘は素晴らしい」って言ったのよ」
女の人・・・いやクララのお母さんは涙を溢した。
休憩が終わり、ライブステージに立つと一気に興奮が蘇ったが、クララの事も頭から離れなかった。
六曲目、七曲目、八曲目とあっという間のように過ぎていった。
今夜は十三夜だった。
いよいよ最後の曲がやってきた。実咲が最後の挨拶として歌う前に話し始めた。
「皆さんのお手元にあるプログラムにはですね、十番になつぞらの奇跡と書いてあると思います。それをね変えちゃおっかなと思っています」
実咲がそう言うと俺は思わず「え?」と言ってしまった。
そんな事は一切聞いてないからだ。
「いやあ、未来ってのは何が起こるかわかりませんね、時間は常に過ぎているんです。時間もまた魔法みたいに人を変えさせる、いや無数に起こる変化を時間をというのかな?」
実咲がいくら説明しても俺には意味が分からなかった。
「雅人、歌ってくれないか?」
実咲はそう言ってマイクを俺に向けた。
実咲の後ろにはクララの母が立っていた。
「話は聞いたよ、雅人、俺は雅人と最初に会った時、君の声に惚れたんだ」
実咲は下を向いて少し恥ずかしそうに言った。
「雅人くんファイト」
優菜もオルガンの前で雅人にエールを送った。
俺はいつの間にか涙を流していた。
「生きるって、本当に素晴らしいね」
‘‘狼な‘‘俺は今までの人生で起きた楽しかったこと、悲しかったことを全て思い返しそう言った。
「狼はいつも月を見ているんだ。独り、生きようとする狼はね」
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