第8章 Give up

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第8章 Give up

半年の月日がが流れ三人は平穏な日々を送っていた。 俺は相変わらず叶わないとはわかっていたが、優菜を追い続けていた。 しかし気温が上がり始めた夏の初め頃、珍しく実咲に誘われ飲むことになった。しかしやはり裏があったようで実咲から突然の相談を受けた。 「雅人、実は俺昨日・・優菜に言っちゃったんだ」 そこまで言うと実咲はつばを飲んで、 「好きって言っちゃったんだ」 と少し恐ろしい顔をして雅人に言った。 俺は唖然とするしかなかった。実咲が優菜の事を気になっていたのは前からなんとなく気がついていた。 「そしたら優菜もびっくりしてね、今日雅人の前で改めて返事をしたいんだって」 実咲は声のトーンを落として雅人に言った。 「なんで俺の前でなの?」 純粋に気になったので訊いてみた。 「コズモスは三人だし、雅人だけを省くなんてできないだろ」 なるほど、やっぱりこの二人のことが好きだ。 しかし優菜の返事に関しては本心、複雑なものだった。優菜と実咲が結ばれれば・・・嫉妬してしまうかもしれない。 その嫉妬が原因でこの二人と溝が出来てしまったらそれこそ最悪だ。 「まあそういう訳で申し訳ないんだけど、これから優菜の家に来てくれないか?」 小さいお辞儀をして実咲は申し訳なさそうに頼んだ。 なるほど。親しき中にも礼儀ありとはこのことだ。 俺は快く承諾した。 もし実咲と優菜が結ばれたとしても、別に実咲の事を憎くは感じないと思う。実咲には恩が大きすぎるからだ。実咲に優菜を取られるのならまだ納得がいく。そう無理やりにでも思った。 「ああ、緊張する」 実咲は雅人の肩を抱き、本音を漏らした。 「実はこういうの人生初めてなんだよ」 実咲がそう言うと俺は「俺の方が先輩だな」と口を滑らせてしまった。 「ん?雅人も優菜に!?」 実咲の香水の匂いが鼻に入るのと同時に俺は冷や汗をかいた。 「ち、違うよ、まあいつか話すよ」 そう言って優菜が住んでいる茶色いアパートを指さした。 「幸運を祈るよ」 そう付け足して、実咲よりも歩くペースを上げた。 実咲は深く息を吐いて俺の後を追った。 「緊張するなあ」 そう言って優菜の部屋のドアの前で実咲は俺の肩に手を置いた。 正直俺もかつてないほどに緊張していた。 こういう話は俺の知らない所でして欲しいなんてことも思った。 もちろん俺に「好き」なんて言える勇気は一切なかった。 「あれ~来てたならチャイム鳴らしてよ」 外の話声で気づいたのか優菜はドアを開け、前で立ち尽くしていた俺たちを見て笑った。 実咲は顔を赤くして頭をかいた。 「ごめん・・・その、お邪魔します」 実咲は緊張し、堅苦しく敬語を使って優菜に挨拶をした。 ここで彼をほぐすのが俺の役目か。と悟った。 「じゃっお邪魔するね」 俺はわざと軽く優菜に挨拶をし、実咲の背中を押した。 玄関を抜けると八畳ほどの優菜のリビングが広がっていた。 茶色い壁紙に白いソファー。シンプルでお洒落なデザインはまさに優菜の部屋だった。 前に二度ほど来た事があるが、その時は作曲の時だった為あまりじっくりとは見ていなかった。 「じゃあ二人は・・・ソファーにでも座ってて。今飲み物用意するから」 そう言って優菜は整理されてある冷蔵庫を開け、オレンジジュースを取り出した。 俺は勇気づけにでもと思い、実咲の背中を強く叩いた。 「うん」 実咲はなんにも考えていないような声で小さく返事をした。 優菜がソファーのすぐ前にある机にジュースを置くと、優菜は二人掛けのソファーに座っていた二人の間に無理やり入り、和やかな雰囲気にさせた。 「昨日はビックリしたよ、実咲くん」 実咲の顔を見て優菜が話し出した。 「昨日はず~と頭の中がその事でよく寝れなかったよ」 優菜は肩がこっているかのように肩を回した。 俺は手を拳にし、強く握った。 「本当に嬉しかったよ、実咲くん」 そう言って優菜は下を向いた。 返事はいよいよ次だ。と確信した俺は唾を飲んだ。 「実咲くん、これからよろしくね」 優菜がそう言うと、実咲は一気に大きな笑顔を浮かべ 「うん」 と大きな返事をした。 二人は軽く手を握った。 「いやぁ、おめでとう」 俺はこみ上げてくる複雑な思いを全て無視し、大きな拍手をした。 半分泣きそうにもなったが、そこはぐっとこらえるしかなかった、元々この二人には及ばない存在だったんだ、そう言い聞かせるしかなかった。 「うん、雅人くん。私たちがここまでこれたのも雅人くんのギターがあったからだよ?」 優菜に改めてそう言われると思うことは色々あった。 それと同時にもう今までみたいに友達同士の構図はなくなる。俺は二人の恋人のおまけみたいな存在だった。 そんな妄想もすぐに間違いだと分かった。 翌日、俺たち三人は優菜と最初に出会った海岸へ向かった。 本当なら二人で初デートというものが典型的なパターンだとは思ったが、どうやら二人は俺がいた方がよかったらしい。 この日はいつものように月を思い出してもあまり心が痛まなかった。 俺のいるべき場所はここなんだと強く感じたからだった。 「なあ雅人、俺は雅人がいて実咲なんだよ」 実咲が水平線を見ながら一歩後ろにいた俺に話しかけた。 「そして彼女は雅人がいて優菜なんだ」 実咲にそう言われると安堵の気持ちがこみ上げてきた。 「そうだね、狼はいつも独りだけど、いつもどこかを見てるもんね」 「きっと大切な人を見てるのよ」 優菜がそう言うと、俺は自分の腕を見つめてみた。 今まで自分が狼人間だということは特に良いとも思ったことはないし、むしろ悪いことの方が多かった。 優菜にそう言われると少しだけ‘‘狼‘‘な俺に自信が沸いた。 「狼は月を見ているんだ」 俺は路地裏の先の公園での出来事、月にいた時の事を全て二人に話した。
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