太郎 17

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 結局、その日は、昼間は、ずっと、バニラは、私に近くにいた…  私の元を離れんかった…  私は、それを見て、  …このバニラも案外、信用できるな…  と、思った…  …いかに、葉敬に頼まれたからといって、嫌ならば、断るなり、すればいい…  あるいは、  …適当に、警護すれば、いい…  が、  このバニラは、適当ではなかった…  明らかに、手を抜くことなく、私を守った…  私は、それを見て、初めて、このバニラを評価した…  バカにも、バカなりに、使い道があるものだと、評価した(笑)…  私は、このバニラを知っている…  どうしようもなく、ダメな女だと、知っている…  が、  世間の人間は、それを知らん…  なぜなら、トップモデルのバニラ・ルインスキーの姿しか、見ていないからだ…  このバニラの名声と、美貌に騙されているからだ…  が、  この矢田は、騙されん!…  この矢田にとって、このバニラは、身近…  身近な人間だ…  だから、騙されんのだ…  これは、誰もが、同じ…  同じだ…  身近に、有名人や偉いひとが、いても、偉くは、思わないだろう…  北島三郎の息子や、木村拓哉の娘に、すれば、父親は、偉いとは、思うが、その偉さが、違う…  どうしても、身近に感じてしまうからだ…  だから、他人が、北島三郎や木村拓哉を凄いと思うほど、凄いとは、思わない…  私と、バニラの関係も、それと似ている…  バニラは、真面目だった…  真面目に私を守っていた…  だから、あまり、私と口も利かんかった…  私と、おしゃべりすれば、どうしても、注意散漫になる…  それを、恐れたのだろう…  私は、思った…  おしゃべりに、夢中になり、なにか、あったときに、動作が、遅くなる…  それを、恐れたのだろう…  そして、そんなバニラの真摯な姿を見て、当たり前だが、こんなに熱心に、仕事に取り組むから、このバニラは、世界のトップモデルの一人にまで、昇り詰めることが、できたのだろうと、思った…  どんな人間も、真摯に仕事に取り組まなければ、結果は出ない…  よく世間で、天才と騒がれる人間は、いるが、天才もまた努力するものだ…  例えば、わかりやすい例で挙げれば、ボクシング…  人並み以上に、練習しなければ、世界チャンピオンには、なれない…  ボクシングの竹原慎二が、かつて、いみじくも言った…  「…日本チャンピオンになったときは、才能でなれた…でも、それ以上は、努力だと…」  そして、それは、真実だろう…  練習も、なにもせず、いきなり世界チャンピオンと闘って、素人が勝てるわけがないからだ…  当たり前のことだ…  成功者は、どんなときも、努力するものだ…  私は、このバニラを見て、あらためて、そう思った…  思ったのだ…  そして、初めて、このバニラ・ルインスキーという女の凄さを見た気がした…  このバニラ・ルインスキーという女の成功の一端を見た気がした…    その夜、夫の葉尊が、帰宅した…  それと、入れ替わりに、バニラが帰った…  「…じゃ、お姉さん…また、明日…」  バニラが、言った…  「…今日は、すまんかったさ…明日も頼むさ…」  私は、言って、頭を下げた…  すると、私の隣にいた太郎もまた、バニラに頭を下げた…  まるで、私と太郎は、親子のようだった…  バニラが、驚いて、太郎を見た…  「…ホント、この猿、凄いわ…」  「…オマエも、そう思うか?…」  「…学習能力が、凄い…」  「…学習能力?…」  「…きっと、お姉さんを見て、真似てる…どうすれば、いいのか、お姉さんを見て、真似てる…」  「…」  「…問題は、それが、この猿の天性のものか、それとも、誰かに、仕込まれたか?…」  バニラが、意味深な言葉を残して、去った…  ちょうど、葉尊と、入れ替わりに、バニラは、帰った…  葉尊が、戻れば、心配はない…  葉尊が、暴力沙汰は、苦手だが、葉尊のもうひとつの人格の葉問は、得意…  得意中の得意だ(笑)…  だから、葉尊が、返って来たのを、知って、バニラは、この家から帰った…  帰りがけに、バニラは、葉尊と会ったが、軽く会釈するだけで、帰った…  きっと、早く自宅に戻って、娘のマリアに会いたかったのかも、しれんかった…  「…バニラが、来ていたんですね…」  と、バニラの背中を見つめながら、葉尊が、言った…  「…そうさ…私のボディーガードさ…」  「…お姉さんのボディーガード?…」  「…なにやら、私が、狙われているらしくてな…」  「…お姉さんが、狙われてる? …誰にです?…」  「…それは、私も知らんさ…だが、周りが、勝手に私を守ってくれるのさ…」  私が、言うと、隣で、太郎が、  「…キー…」  と、鳴いた…  「…いや、私だけじゃない…この太郎もさ…」  「…この猿もですか?…」  「…そうさ…太郎は、私のボディーガードさ…私を守ってくれるのさ…」  「…お姉さんを守ってくれる…」  「…そうさ…」  「…猿がですか?…」  「…葉尊…太郎をバカにするんじゃないさ…太郎は、強いさ…猿は、強いさ…大抵の人間よりも、強いさ…」  私は、怒鳴った…  たぶん、顔を赤らめて、怒鳴ったと、思う…  そしたら、葉尊は、黙った…  なにも、言わんかった…  代わりに、葉尊は、太郎を見て、こっちに来いというように、右手の人差し指をチョイチョイと、動かした…  が、  太郎は、葉尊を無視した…  なんの反応も示さなかった…  バニラのときと同じだった…  が、  葉尊は、バニラと違った…  明らかに、自分に反応しない太郎に苛立った様子だった…  平静をよそっていたバニラと、違った…  が、  葉尊は、その苛立ちを必死になって、抑えていた…  自分で、自分の感情を制御していた…  私は、この葉尊と、結婚して、半年になる…  最初は、この葉尊は、おとなしく、ただ真面目な男だと、思っていた…  が、  時間が、経つにつれ、そうでも、ないことが、わかって来た…  それは、別に葉尊が、多重人格で、葉尊の中に、葉問という別の人格を持っていることを、言っているのではない…  私は、ただ、真面目で、おとなしいだけの男は、この世に存在しないと言っているだけだ…  学校や会社で、真面目で、おとなしいと、周囲から評価されていても、大抵は、家庭や、仲の良い身近な人間には、違う姿を見せるものだ…  例えば、妙にわがままだったり、我が強かったり、するものだ…  それが、人間だ…  この世の中に、聖人君子が、いないのと、同じだ…  誰もが、生きてきて、これまで、一度も、他人の悪口を言ったことのない、人間など、存在しないだろう…  陰に、まわって、一度や二度は、他人の悪口を言ったことが、あるはずだ…  それが、人間だ…  もっとも、それも、程度による…  年がら年中、他人様の悪口を言って、いれば、周囲から、なんて、性格の悪いヤツと、陰口を叩かれるだけだ(爆笑)…  そして、それに、気付かないのは、悪口を言っている本人と、その仲間たちだけ…  なぜなら、同じような性格の悪い連中が集まって、他人の悪口を言っているから、わからないだけだ(笑)…  周囲からは、ろくでもない人間と、認定されているが、本人たちは、気付かない…  そういうものだ…  なぜなら、誰も、注意しないからだ…  周囲から、相手にされていないのだが、それが、わからない(苦笑)…  ずっと、以前、派遣社員で、入った会社で、まさに、今、言ったような人間を見たことがある…  その人間は、おしゃべりで、いつも、誰かの悪口を言っていた…  あるいは、誰かの噂話を話していた…  そして、笑い話にしていたが、他の会社の入社試験に落ちたことを、話していた…  が、  その人間が、どうして、他社の入社試験に落ちていたか、周囲の人間は、容易に、気付いたに違いない…  あるいは、気付いていない人間もいたかも、しれないが、大方は、気付いていただろう…  その人間は、顔立ちは、良かったが、目に険があった…  つまりは、一目で、その剣のある目を見て、面接官は、この人間は、性格に難があると、気付いたに違いなかった…  事実、今も、言ったように、性格に難があった(爆笑)…  はっきり言えば、目に、その人間の性格の悪さが、現れているのだが、本人には、当たり前だが、それが、わからない…  そして、誰もが、ハッキリ言えば、関わるのが、嫌だったから、誰も、教えない…  そういうことだった…  そして、その人間にとって、その職場は、天国だった…  なぜなら、同じような性格の悪い人間が、いて、自分を受け入れてくれる…  が、  普通は、そういうことは、ありえない…  たまたま、自分に合う、性格の悪い人間が、周囲にいたから、自分が、目立たなかった…  あるいは、その性格に難がある人間よりも、もっとたちの悪い人間が、いたから、目立たなかった…  それだけのことだった(爆笑)…  たしかに、その人間は、目に険があり、性格に難があったが、それ以上に、性格に難がある人間は、世の中に、ごまんといる…  そういうことだった…  そして、おそらく、それは、学校も、会社も同じ…  その剣のある目を持つ人間よりも、もっと、ひどい人間が、いるから、例えば、学校の教師も、その剣のある目を持つ人間を邪険には、しない…  なぜなら、それを、思えば、まだマシだからだ…  だから、余計に気付かない…  つい、誰もが、自分と自分の周囲の人間を無意識に比べるものだ…  オレ=アタシの方が、頭が、いいとか、悪いとか…  ルックスがいいとか、悪いとか、比べるものだ…  そして、大抵は、周囲に自分以下のものがいるものだ(笑)…  だから、気付かない…  そういうことだ…  その剣のある目を、持つ人間も、だから、気付かなかったのだろう…  が、  だからといって、周囲の人間が、その人間を好きかといえば、それも違う…  嫌いだが、もっと、嫌いな人間がいるから、それと比較すれば、まだマシだろうという判断だろう…  だから、例えば、学校で、なぜ、その人間が、就職試験に落ちたのか?  おそらくは、面接だろうと、当たりが、つくが、周囲のものは、誰一人として、教えてあげない…  そういうことだったのだろう…  私は、当時、思ったものだ…  そして、考えたのが、その剣のある目を持つ、人間の、周囲の人間が、消えたときに、その人間は、どうなったかということだ…  その人間以上に、悪い人間は、景気が悪化すれば、契約を切られる…  あるいは、正社員でも、リストラされる…  すると、どうだ?  その剣のある目を持つ人間は、それらの人間に比べれば、まだマシだから、すぐには、クビにならない…  が、  周囲のものが、皆、リストラされて、自分だけ、残るのは、どうだろう?  たぶん、ひとりぼっちになるのではないか?  あるいは、これまでと、同じく、性格の悪い連中がやって来て、群れをなす可能性も、ないではない…  が、  景気が、悪くなって、リストラされるのだから、普通に考えれば、今後は、それまで以上の、優秀な人間でないと、入社できないだろう…  そして、優秀な人間は、劣悪な人間よりも、性格が、良いのが、普通…  残念ながら、偏差値の高い高校や大学を出た人間の方が、偏差値の低い高校や大学を出た人間よりも、性格が良い場合が、多い…  これは、概ね事実だ…  該当する事例が、多い…  それを、考えれば、その剣のある人間と群れをなす人間が、今後、入社する可能性は、限りなく低い…  となれば、ぼっちになる可能性が、高い…  ひとりぼっちになる可能性が高い…  私は、なぜか、目の前の葉尊を見ながら、そんなことを、考えた…  つい、これまで、派遣やバイトで、知り合った人間のことを、考えた…  いつものことだった(笑)…               <続く>
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