一話 魔法がかかったドレス

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一話 魔法がかかったドレス

 ここは、童話シンデレラの世界っぽい。  だって母の再婚で出来た義妹の名前がシンデレラなんだもの。  間違えようがないわよね?  前世を終えたら、もうここの世界に居たわ。  私は日本で生きていた頃は、中小企業の社長秘書をしていたんだけどね。  秘書ってカッコいいと憧れていた時期が私にもあったけど、あれは(ただし大企業に限る)って注釈が入るやつだった。  中小企業の秘書はもっぱら社長の雑用係で、目立たず騒がずトンデモなトラブルを臨機応変で処理していくだけの人よ。  それが出来て当たり前で、感謝もされない虚しい仕事だった。  もっと楽に、要領よく生きることを考えれば良かったと、今なら思うわ。  私もまだまだ若かったのね。  はあ。  二度目の人生であるこの世界で、私は意地悪な二人の義姉のうち、次姉ソフィアの役を担っているわ。  長姉グレイスがシンデレラ虐めをやり過ぎないように、調整するのがソフィアの主な仕事。  なんだか、秘書に続いてまたしても尻拭い役の予感がするけどね。  もとよりソフィアは血を見るのが苦手。  シンデレラが怪我でもしようものなら引っくり返って失神するのはソフィア。  だからヒステリックなグレイスをソフィアが止めるのは理に適っているのよ。  でもシンデレラが魔法をかけてもらって舞踏会に参加するには、ある程度は物語の通りに進めないといけない。  それこそドアマットな経験が必要不可欠。  だから家事を押し付けられるのも、義姉から虐められるのも、シンデレラには乗り越えていってほしいんだけど……。  皿を洗わせれば割る、窓を拭かせれば割る、シーツを洗わせれば破る、箒で掃かせれば折る。  はあ。  このシンデレラ、パワータイプ過ぎない?  グレイスの吹っ掛けるケンカに嬉々として応戦するし、得意技が噛み付きって、あなたは闘犬じゃないのよ?  私の中の清楚なシンデレラのイメージを崩さないで欲しいわ。  ここまではなんとか物語に沿うように努めてきたけど、もしグレイスがガラスの靴を履くために踵を切り落とそうとしたら、絶対に阻止する構えよ。  流血、ダメ絶対!  そしてシンデレラの結婚式に、のこのこ親族顔して参列して、鳩に目を抉られるのもゴメンだわ。    ああ、そろそろ王子さまの妃候補を見つける舞踏会開催の噂が流れてきたわ。  ここからは終幕に向けて、山場の連続ね。  ソフィアも気を抜かないようにしなくちゃ。  無事にシンデレラが王子さまとハッピーエンドを迎えたら、ソフィアも自分の人生を生きよう。  誰かの尻拭いではなく、自分の尻を拭うのよ。 「早く舞踏会の日にならないかしら」 「あら! いつもはそういうことに無関心なソフィアが、珍しいじゃない?」  グレイスがソフィアの独り言に絡んできた。  グレイスと血が繋がっているのは、「私ではなくシンデレラなのでは?」と思うくらい実は二人はよく似ている。  キラキラした金髪、透き通る空色の瞳、ぽってりした赤い唇、彫りの深い顔立ちと凹凸のある身体がそっくりだ。  それに比べてソフィアの全身の貧相なこと。  ベージュ色と言えなくもない髪、よくある焦げ茶色の瞳、薄い唇は血色が悪く、のっぺりした顔にストンとした体型は日本人そのものだ。  なによ、私そんなに前世で悪いことした?  シンデレラの世界でも日本人だなんて。  三姉妹を見て、ソフィアとグレイスに血の繋がりがあると見抜く人はいない。  そういう視線が面倒で、ソフィアはほとんど舞踏会に参加していない。  ソフィアに来た招待状は、シンデレラに横流ししている。  だって本番でシンデレラは、王子さまと大勢の前で素晴らしいダンスを踊るのよ?  失敗できない大舞台の前に、練習を積むべきだわ。  そうこうしているうちに、我が家にも王子さまからの招待状が届く。  やっと来たわね。  この舞踏会には、さすがにソフィア自身が行かなくちゃ。  シンデレラ、あなたの元にはちゃんと魔法使いが現れるから!  ソフィアが招待状を横流ししないことに膨れ面しないでちょうだい。  王子さまの妃になりたい令嬢は山程いる。  なにしろ王子さまの容姿ときたら、豊かな焦げ茶色の髪に思慮深い黒目が美しい正統派の美形、体格も逆三角形で完璧なんですって。  今夜の舞踏会は、この国のすべての令嬢が集まったのではないかと思われる大盛況ぶり。  皆んな、髪も顔も胸元もドレスも、太陽みたいに燦燦としてるわ。  そんな中、舞踏会に慣れていないソフィアは、無事に壁の花となっている。  花なんて言っては、花に失礼なほどだ。  自前の地味な色彩に合わせてドレスを選ぶと、どうしても全身が自然界での保護色になってしまう。  今日だって落ち着いた黄緑色を選んだら、シンデレラから酷評された。 「テーマは『枯れかけのススキ』なの?」  ソフィアの髪色をススキに例えるのはシンデレラだけではない。  女性が集まれば自然とマウントの取り合いが始まるものだ。  グレイスやシンデレラのように、派手で見栄えのする色彩を持つと、自ずとそこには上位者としての傲りがうまれる。  それに負けたくない令嬢は、ドレスや装飾品に鮮やかな彩色を配置して対抗する。  まるで南国の鳥のようだと、ソフィアは感心しながら舞踏会の様子を眺めていた。  王子さまは次々に令嬢とダンスを踊っている。  先程は、グレイスもお相手を務めていた。  そろそろシンデレラがやってくる頃ではないかと踏んで、ソフィアは王子さまのお相手を観察しているのだが。  なんか視線がちょくちょく合う。  王子さまと。  なんで?  ソフィアは壁を背に佇んでいるから、ソフィアの背後の誰かを見ている訳ではないだろう。  じゃあ何を見てるの?  くるくる踊りながらソフィアをチラ見するのは、高度なテクニックがいるだろう。  ダンスのお相手に気づかれては失礼だしね。  会場の入り口がザワつく。  このどよめき!  ついに来たのね、シンデレラ!  ソフィアがパッとそちらを見ると、王子さまも釣られて入り口を見たようだ。  うわあ……。  舞踏会に来たシンデレラのドレスは、年末のラスボス感があった。  え、あれ魔法で全身ピカピカさせてるの?  この世界にイルミネーションって、まだ無いよね?  花魁だって、あんなにかんざしを頭に刺したりしないだろう。  まるでマチ針だらけの針山だ。  振り袖付のドレスが、この世界に存在しないわけではない。  でも、ジャラジャラしたナイアガラ状ではない。  どうしてしまったのよ、シンデレラ!  清楚な水色のドレスのはずでしょ!  あんまりにも崩壊したシンデレラにソフィアがわなないていると、会場の真ん中でも事件が起きていた。 「うっ……!」  シンデレラを見ていただろう王子さまが、うめき声を上げて頭を抱えた。 「どうされたのですか?」  ダンスのお相手を務めていた令嬢が心配している。 「すみません、今夜は……ここまでで……」  王子さまは足早に会場から立ち去った。  え?  今のは、もしかしなくても閉会の挨拶だった?  どうするのよ?  登場したばかりのシンデレラは?  ソフィアが入り口を見ると、シンデレラもポカーンとしていた。  でしょうね!  シンデレラがガラスの靴を残して走り去るはずが、実際には王子さまが閉会の挨拶を残して立ち去ってしまった。  これからどうなるのよ……。  お城の使用人たちが次々と令嬢たちを出口に案内する。  ソフィアもグレイスやシンデレラと一緒に馬車を待つことになった。 「ねえ、このドレス、どこで手に入れたのよ? あなたには似合っていないわ」  うらやましさをにじませたグレイスが、シンデレラのドレスを摘みながら虐め始めたので、ソフィアもそれとなく近づいて光るドレスをよく見せてもらう。  それは七色に輝くゲーミングドレスだった。  遠目で見たときも驚いたが、目の当たりにすると装飾が過ぎたクリスマスツリー感がある。 「ふふん、心のきれいな私には、味方になってくれる魔法使いがいるのよ!」  胸を反らして自慢するシンデレラに、ソフィアも便乗質問させてもらう。 「ねえ、シンデレラ、魔法使いは最初からこのドレスを持ってきたの?」 「違うわよ、最初は私の瞳の色に合わせて水色だったわ。だけど、そんな地味なドレスじゃ会場で埋もれちゃうでしょ? ただでさえ私は遅れて行くのだから、もっと目立つドレスにしてって変えてもらったのよ」  ああ、やっぱり。  デフォのドレスは水色だったんだ。  ストーリー通りにしようという魔法使いに逆らって、シンデレラがゲーミングドレスなんて着て来たから、王子さまの行動が変わってしまったんだわ。  しっかりガラスの靴も両足に履いたままだし。  王子さまは手ががりもなく、どうやってこのあとシンデレラを探すのかしら。  はあ。  ドレスを巡ってケンカを始めた二人を余所に、ソフィアは頭を悩ませるのだった。
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