最悪な出会い

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「お荷物、これで宜しいでしょうか」 中川さんが何故か私のスーツケースを引っ張っていた。 何もかも、中川さんがやるんだ。この人も雇われているとは言っても 酷過ぎませんか。私を雇うなどと勝手に言っているけど、こんな雇われ方は 私は絶対に嫌です。 「私は川島ですけど、あなたは誰ですか?突然付いてこいと言われて、 はいそうします。と言って付いて行く程、子供じゃないんですけど」 私は前を歩く横柄な男に、声を掛けた。彼の足が止まる。 振り向いた彼は怒っているかと思ったけれど、何故か笑っていた。 私は拍子抜けした。 「元気だな。川島さん。俺は琴宮 蓮」 そう言いながら内ポケットから名刺を出した。 名刺には面接をする筈だったこのホテルの名前が書いてあって、 肩書にはCEOと記されていた。だからこんなに横柄なのか。あるあるだ。 怪しい人では無いのは分かった。でも悪い人ではないとは言い難い。 「それで納得して、付いて来て貰えますか?お嬢様」 呆気にとられる私に対して、彼はまだ笑顔のままだった。そして その笑顔は驚く程、爽やかだった。マズイ、ドキンとしてしまった。 ほんとに何者だ、この人。 彼が前を向いて歩き出す。どんなに爽やかな笑顔でも、納得はしていない。 でもこの紅茶色のブラウスでは私は何処にも移動できそうにない。 ホテルの車寄せに停まっていた黒塗りの車から、運転手が降りて来て、 後部座席のドアを開けた。 彼が後部座席に乗り込む。私は乗る事を躊躇った。彼が車内から私を見た。 座っていた座席から少し移動して、私に手を差し出して来た。 「どうぞ」 もう私のスーツケースは中川さんの手でトランクに収められていた。 乗るしかないのか。私は彼の手を無視して、車に乗った。 中川さんが、助手席に座った。 車が音もなく、スーッと走りだした。 車の中はダージリンの香りがほのかに漂っていた。 「あ、凄くいい香り」 密室の中であまりにいい香りだったので、 思わず言葉に出してしまった。 「ダージリン、好きなのか?」 慌てて口を押えた。こんな奴と喋ってたまるか。
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