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先生のマンションに帰ってきてからも先生はいつも通り優しく気を遣ってくれるのに、俺がどうしてもいつものように甘えられなかった。
先生も気付いているのだろう。
眉が少し垂れていて困っているようにも見えるから。
「……こんな夕飯より雑炊とか少し食べやすいものにしましょうか?」
「いや!おいしいんです!ただ……」
手にしていたフォカッチャを置いた先生に向き直る。
でも、すぐには言い出せなくて俯いた。
どうしても病院では口にできなかったこと。
チラッと先生を見ると、先生は少し首を傾げて俺の言葉を待っていてくれる。
「……セラピスト、だったんですね」
俺を見ている先生の表情が曇った気がした。
「うちの父も母もセラピストで……僕は何の疑問もなくセラピストになりました」
その手が少し震えている気がして手を伸ばす。
触れると、先生は微笑んでゆっくり握って指を絡めてくれた。
いつもの温かさはなく冷えてしまっている指先。
ゆっくり息を吐き出すと、先生は一度目を閉じてまた時間をかけて開いた。
「でも、父は母では物足りない欲をセラピストとして仕事で発散していて、母は欲のバランスを崩して精神も病みました」
「え……」
うまく反応できない俺に先生は笑いかけてくれる。
無理はして欲しくないのに痛々しくも見えるその姿。
「……先生、今日サブドロップした原因……彼とはお知り合いですか?」
先生が纏う空気がまた少しピリッとした気がして息を呑んだ。
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