1.妖怪画

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1.妖怪画

   平成時代になって間なしの、とある夏頃。  わたしはその当時ある種の妖怪に取り憑かれているような感じだった。  いや、実際にはもっと前からだったかも知れない。  何をしてもうまく行かず、なすことやること全てが空回りし、いや、それ以上に裏目に出ることさえ多かった。一生懸命に仕事に打ち込んだかと思えば、その数ヶ月後には身体を壊して休職し、やがて自主退職すると云った具合に全く社会の歯車と自分の努力とが噛み合っていなかった。  一年前から再び定職に就いてはいたが、あらゆる障害が降りかかり中々流れに乗れないとでも云おうか、しかも病欠が多く収入は少なかった。そうは言っても食って行かなくてはならない。そのため、それを補うべく自宅でできる内職を考えた。この夏のことだ。  わたしには特段、優れた能力はなかったのだが、先日から何となく始めた水彩画が妙に自分に合っていた。別に今までそういう修行をしたことは一切ない。あえて云うなら中学、高校の美術の時間に少しだけ習った程度のものである。それがやってみると意外と好評で応募したビジュアル系雑誌のイラストに採用してもらえるようになったのだ。  画風はというと……最初に雑誌社が募集していたポップなものではなかった。深夜にわたしが描く絵はグロテスクで子供が見たら泣き出しそうだと担当者から評された。それでも採用されたのは相手にも何か感じさせるものがあったのだろうか。今となっては定かではなかった。  ――可愛く描けているな。自分ではそう感じることもあったほどだ。  とにかく毎晩、夜中の三時までわたしは絵を描き続けた。 「山田先生の絵は妖怪画ですね」  と、雑誌の編集担当者は言った。 「静物画のつもりなんですけどね」 「いやいや……ただの絵ではないと思いますよ。独特の画風を確立していらっしゃる。こんなことを言うとわたしの知識不足をさらけ出すようですが、同じ画風の絵師さんを見たことがありませんよ」  わたしはどこをどう見たらこれが妖怪に見えるのか不思議に思った。ただの猫の赤ちゃんがグロテスクな妖怪に変貌していく。その過程がわたしの中の……脳みそから筆を持つ指先までの間のどこかの器官で行われているらしく、無意識のうちにどんどん作風はグロテスクに染まっていった。  ただ一つ言えるのは、本来の仕事の終わる夕方六時から夜中の三時まで絵を描き続けているにもかかわらず、暮らし向きがまったくよくならないことだった。別に原稿料が安いわけではなかったし、高価な画材を使っているわけでもなかった。ただし入った収入はみなその絵に絡んだ事象に消えていくのである。猫を描いたら、野良猫のえさ代に余計な出費がかさんだり、花瓶に生ける花を描いたら、普段買ったことのない花屋で、送り先のない花束を買わされたりと云った具合である。
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