おじいちゃんち

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おじいちゃんち

 夏休みにはいつもお母さんのお父さん、つまりおじいちゃんちに行く。  夏休みが始まると、仕事が忙しいお父さんもお母さんも、僕たちの面倒を見ることができないので、おじいちゃんちに預けられてしまうのだ。  僕は(うみ)、僕の同じ年の兄弟は千波(ちなみ)。同じ年の兄弟と言っても双子ではない。千波はこの、おじいちゃんちの近くにある海でおばあちゃんが拾ってきた子供なのだ。  僕はお母さんが里帰りして産んだので、このおじいちゃんちでしばらく過ごしていた。  そんな時におばあちゃんが、近くの岩場に夕ご飯のお味噌汁にする貝を獲りに行った時、ゴツゴツの岩場に産まれたばかりの赤ん坊が置かれていたのだという。  おばあちゃんはすぐにゴツゴツの岩から赤ん坊を抱き上げ、とりあえず家に連れ帰った。そして、お母さんに 「ちょっと、この子にもおっぱいをあげなさい。」  と、言って赤ん坊を渡した。  赤ん坊はお母さんの顔をまるで目が見えるようにじっと見つめて、お母さんのおっぱいを飲みはじめたんだって。  その後、病院にも連れて行って、その赤ん坊はどこも悪くないことがわかった。しばらくは親が出てくるかもしれないからと近くの乳児園に預けられていたけれど、生まれたての赤ちゃんだったので、昼間はうちにきて、僕と一緒におかあさんのおっぱいを飲んで育った。  何か月かして、親が見つからない。とその乳児園から連絡が来た。おばあちゃんは何かの縁だから養子にしたらどうかとお母さんに持ち掛けた。  お父さんもお母さんも不思議なほどすんなりその赤ん坊を引き受ける事にした。  波の激しい岩場から拾ったので『千波』と名付けられたその男の子は色々面倒な手続きをして、僕の兄弟になった。  医者が調べた所、同じ月齢くらいだったが、千波が少し大きくなったら本当のことを話すことに決めていた両親は、僕と千波の誕生日をあえて1日違いにした。  誰に聞かれても、千波は養子だとはっきりと答えていた。  何故なら千波は容姿が全く僕たち親子には似ていなかったから。誰か他所(よそ)の人に嫌な言い方で伝えられるくらいなら、最初から養子と言って、育てた方が、千波も傷つかないという判断を下していたのだ。  僕の家は生粋の日本人家系。黒い真直ぐな髪に黒い瞳、薄褐色の肌。  千波は生まれつき色素が薄く、髪は軽くカールした薄茶色。瞳の色は濃い緑色だから、遠目には黒く見えることもあるけれど、日の光が当たったりすると、不思議に透明な緑になったりして色が変わる。宝石みたいに綺麗なんだ。  肌の色も白くて、大きくなるにつれて、それは顕著になって、幼稚園に入る頃にはお母さんたちが最初から養子だと言って育てていたのは良かったと思わざるを得なかった。    最初は色素の薄いアルピノなのかもしれないと病院を訪ねてもみたが、持って生まれた色素であることが解っていたので、それもあって、最初から養子ということをはっきりさせていたようだ。  でも、僕と千波は家では何の区別もされずに全くの兄弟として育てられていたので、小学校に入る頃になって、養子の意味が解っても、千波も僕もショックは受けなかった。  それまでも、おとぎ話をきかせられるように、小さい頃から毎晩寝る前の絵本を読む時間の時に 「昔々、海が産まれた頃、千波という赤ちゃんが海から岩に打ち上げられました。千波はお父さんもお母さんも見つからなかったので海の兄弟になって一緒にお家に来ることになりました。」  と、聞かされていたから。  千波の綺麗な容姿は時として同級生たちのからかいの的にもなったが、大抵は海がその子達を蹴散らして、終わりを告げる。  でも、海がいない時にからかわれても、千波は全く平気で、その緑色の瞳でからかっている子供たちをじっと見つめると、不思議とその子達は何も言えなくなり、すぐにからかうのをやめるのだった。  海は時々、千波の瞳をじっと見てみる。  不思議なことにその瞳の奥には本物の海が見えるのだ。波立って岩に打ち付ける白波や、その向こうに広がる大海原が。  そうして、海の波が打ち寄せる音が千波の中から聞こえてくるような気がして、『ハッ』となると、千波の瞳をみつめるのが少し恐くなって目をそらすのだった。
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