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「でも、逃げてきた本人からしたら。やっぱりちょっとは考えるじゃないですか、自分のこと探してる連中がいたらどうしようとか。追手が近くまで来てるんじゃないかとか」
自分で言うと自意識過剰みたい、と思ってしまって言いにくかったことを代わりにずばずばと言ってくれてそれはありがたい。高橋くんの返答を待たずに、ちょっと大雑把そうな見た目よりだいぶ器用にパスタを巻き上げながら神崎さんはさらに言葉を継ぐ。
「純架ちゃん本人は自分が追われるほど重要人物じゃない、って理由で誰かに探されてるかもなんて考えてもみなかったみたいだけど。集落の技術部?の人たちはともかく、国の関係者があの土地から脱走者が出たって知らされたら。やっぱり一応、身柄を押さえておこうってならないかなって話してるうちに俺たち二人とも考え始めて…。少なくとも東京なら近場だし、政府の担当者が取り急ぎ念のためってくらいの考えでここまで足を運ぼうって思い立ってもおかしくないでしょ?そういうのから彼女が身を隠す必要ってないのかな、と」
神崎さんが慎重に言葉を選びながらわたしの代わりにそう説明してくれた。だけど、それを最後まで聞いた高橋くんはステーキをナイフとフォークで切り分けながらあっさりと首を横に振る。
「そっちは特に気にしなくていい。国の方では、今回集落から俺と一緒に住民の子が一人出てきたんだってことは全然知らないよ」
「え、でも。何でそうはっきり言い切れるの?」
神崎さんが異議を唱えるより早く、思わずわたしの方が先に声を上げてしまう。
「だって、技術部の人たちがわたしが出て行ったのに気づかないなんてことあるわけないし。高橋くんと一緒に外に出たのは間違いないんだから、とりあえずその事実を上に報告するでしょ?確か外との連絡手段、ホットラインがあるはずだって。前に高橋くん言ってたよね?」
「うん、それはそうだけど。でも今回技術部では、俺が君を連れて外に出たことは自分たちは承知してても国の方には報告してないから。俺ももちろん今日の面会であえて伝えて来たりしなかったし、あの人たちは知らないよ」
…?
あまりにも落ち着き払って自信に満ちてるので、逆にこっちはどうして?とかえってぽかんとしてしまう。神崎さんは首を捻り、すっかり手にしたフォークの存在もお留守になった様子でちょっと釈然としない顔つきで呟いた。
「…あ、そっか。所長、今日は今回の依頼者のところへ調査結果を持って行ってたんすよね。そこで担当者と直に対面したけど、集落から抜け出した子の話は向こうから最後まで出してこなかったからまぁ多分大丈夫。…って意味、ですか?」
ああ、なるほど。
技術部からのホットラインで既に脱走者の報告を受けてれば、今日のこのこと約束通り現れた民間調査員がきつく追及されるのは必至。それがなかったのなら、集落からはまだ何の音沙汰もないはずだってことか。
「技術部ってとこが、大きな事件から細かいことまで普段から逐一全て上に報告する習慣なんだったら、もう今頃はどうやったって所長がちゃっかり女の子を連れて逃げたのは先方もとっくに承知済みで。部屋に入るなり一体何やってくれたんだ!ってびしっとやられてあなたがめちゃくちゃ怒られてて当然の流れっすからね、間違いなく」
考えてみればそうだ。わたしはちょっと申し訳なくなって小さく身を縮めた。
「そっか、思えば当たり前だよね…。そもそも今回の高橋くんの依頼主は政府の関係者なんだもん。集落のことは今の段階ではまだ国民に知られちゃいけない極秘事項なわけで」
将来的にはいつか、世間にも周知されなきゃいけない事柄だとしても。それは今のこのタイミングじゃないって政府の人たちが考えるなら、やっぱり彼のしたことは問題になるだろうな、そりゃ。
「なのにそこから独断で一人住民を連れ出しちゃったら、それは怒られるに決まってるし。規約違反だとか守秘義務に反してるとかで、何かの処罰を受けてもおかしくないのに、わたし。…高橋くんの立場のこと何も深く考えず、誘われるまま呑気についてきちゃって」
ますます縮こまるわたしに、高橋くんはちょっと慌てたようにこちらに声をかけて宥めてくれた。
「いや、そんなの気にしなくていいよ。そもそもあのときの純架はもう自分のことだけで一杯一杯だったはずだし。これまで信じてた世界のありようが一気に変わって、しかも人生最大の決断を迫られてるってときにそこまでは普通頭回らないでしょ。それに、その辺りは別に心配には及ばないんだ。集落にいるときからわかってたことだけど」
言葉を切って、悠々とした態度でひと口大に切った肉を慣れた手つきで口許に運ぶ。
「技術部が純架のことを国に報告することはない。だから、俺の依頼主は何も知らないよ。集落の住民が一人欠けたことも、その当の本人が今うちの事務所にいて一緒に住み込んでることも」
「へ。…でもどうして、そう言い切れるんすか?」
ただ戸惑って混乱してるわたしをよそに、フォークを片手に握りしめたまま神崎さんがテーブル越しにぐい、と前のめりになって尋ねる。
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