第17章 員数外の子ども

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「ふぅん、実は結構有名人だったんじゃん純架ちゃんって。何かで特別目立ってたんかな?ちょっと可愛いからとか。周りの子たちより突出して頭いいとかで…?」 神崎さんが深く考えた様子でもなく無責任に適当なことを言い放つ。いや、さすがに。それは、…ないね。 「まあ、考えてみたら。…気象観測だの予報だのなんて仕事をやってるのは、師匠引退後はもう集落でわたしだけだし。一人しか存在してないレアな職にとりわけ若いのが就いてれば、それは一応目立つかな。だからこっちは認識してなくても向こうは知ってたとか」 それはあり得るな。と呟いたあとにいやもっと単純なことかも。とふと思い至る。 「逆に、他人に全然関心なんかない風に装っといて。ああ見えて実は集落中の人間を全員隈なく知り尽くしてて、全てのデータが常に頭に入ってたとかかもね、あの人。裏では村長なんて及びもつかないレベルで支配層のトップだったわけだし…」 フォークを口許に寄せたままじっと考えつつそうぶつぶつと独りごちた。と、何でかやけにあっけらかんと明るい口調で髙橋くんがすかさず横から訂正してきた。 「あ、いやそういうわけじゃなくて。遠藤さんは俺があそこに行く前から君のことは他の若い子の中から特別にマークしてたんだよ。てか、技術部長だけじゃなくて。裏で集落を管理してる人たちの間ではちょっと存在を意識されてたんだ純架は。気づかなかった?」 「へぇ」 「…何で?」 神崎さんが関心を惹かれた様子で声を弾ませるその斜向かいで、わたしは呆然とするあまりついにぽとりとフォークを取り落としてしまった。 慌ててテーブルの上からそれを拾いながら、しどろもどろに高橋くんの方を向いて尋ねる。 「えーと、それは。…やっぱり薄々感じていなくもなかったけど。わたし、集落の中じゃ悪目立ちしてたってこと?何となく全体に馴染めないでいるというか。あいつ浮いてる、みたいな…」 高校卒業間近になった当時の記憶が脳裏に蘇る。 サルーンと技術部に選抜されてとうに職が決まってた子たちを別にしても、全員が学校を出たあとの仕事を決める時期。みんなが家の農業を継ぐとか食肉工場で働く、引退したお年寄りが生活してるホームでお世話を担当するとか。何かしら集落の皆の役に立てる進路を見つけ出してる中、わたしだけ何とも中途半端な感じでどうしよう。とぼーっとして毎日を過ごしていた。 成績は悪くもないけど技術部に抜擢されるほど抜群でもない。役場のポストは我先にと選抜組に次ぐ成績上位の子たちが手を挙げて、あっという間に埋まってしまった。図書館職員はもともとごく少人数しか枠がなくて、もう長いこと空きが出ていない。 やりたいこと、って言われてもなぁ…。手先は特別器用でもないし体力と筋力はどっちかといえばない。わたし自身の売りって何だろ?って考えれば考えるほど。…ここで何かの役に立てるようなイメージが。まるで湧いてこないんだけど…。 別に全然好きじゃないけど、このままだと結局母の仕事を手伝って服作りをするしかないのか。でも手伝うだけなら全く出来ないわけじゃないが。将来的に母の跡を継いで、代替わりしたあとわたし自身が一人で仕事を切り回すようになったら。…どうしよう。 主体的に自分で切り盛りするほど裁縫が得意でも好きでもない。それが一生の仕事になるかも、と考えるとどうにも気が重いなんていうのは。やっぱり選択としては間違ってるのかな。母は当然娘が自分の仕事を継ぐだろうと考えてまるで疑ってない様子だから。…他に特にやりたいこともないのに継ぎたくない、とは言えない雰囲気だし…。 そんなわたしのうだうだした状態を察したのか。学年を担当してる先生が、ある日わたしを放課後に呼び出して提案してくれた。 「純架ちゃんみたいなタイプは自分のペースで采配できる独立して動ける仕事が向いてると思うよ。あのね、あなたの遠縁の斉藤さんいるでしょ。天気予報のおじいちゃん。…あの方、そろそろ引退を考えてて引き継ぎできる人を探してるんだって。それで、純架ちゃん昔は空とかお天気に興味があったみたいだから。来年卒業だしよかったら今から勉強しに来ないか?って」 そのときは、幼少時から何となく周囲とペースやノリが合わずに馴染みきれてないわたしを心配した師匠が自分から学校の先生にそう持ちかけてくれたんだなって思った。 子どもの頃によくおじいちゃんにくっついて集落中を回って、海岸で並んで一緒に空の観察をした記憶が頭の中にありありと蘇った。確かに家でお母さんのお小言を喰らってるよりこっちのがずっと楽しいし安らげるから、お手伝いと称して何かと仕事のやり方を教えてもらっては時間を潰してたな。 おじいちゃんには息子さんも娘さんもいるけどもういい歳で別の仕事を持ってるし、逆にお孫さんはまだ小さい。だから是非跡をわたしに…って言ってもらえるのはどう考えても多分、ありがたい話でラッキーなんだろう。 そう考えたら自宅に持ち帰って両親に相談するまでもないと思えて、その場で即先生にOKの返答をしてしまった。
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