第17章 員数外の子ども

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それから高校卒業までの半年間ほど、久しぶりに斉藤のおじいちゃんにくっついて回って気象の知識と観測のやり方を、今度は遊びじゃなくて本格的に叩き込まれたっけ。…と半ば懐かしく、久しぶりに改めて思い出すと。 何とか自分にちょうどいい仕事を見つけられたって運の良さにすっかり安穏としてたけど。あのとき学校の先生の方から薦めてくれなかったらこのポジションはなかったんだよな、あのままだったら一体今頃どうなってたんだろう。…と改めて当時を顧みてしまった。 そんな風にしんみりと過去の思い出に耽るわたしの脳の中身を知ってか知らずか、高橋くんはあっさりとこちらが初めて聞く裏事情をばらしていく。…あんまり平坦な調子だったから、一瞬その台詞の重大さがすとんと頭に入って来なかった…。 「それで、技術部長が言うには。君みたいなタイプの子はたまに集落でも出現するんだけど、ストレスを深く溜め込ませてその挙句に集落の状態に不満を抱いたり疑問を持たないようにってことで、どういう仕事に就かせるかはいつもかなり気を遣うんだって。文句を言って発散もせず黙って集団の中でぎりぎりまで我慢して、結果集落のありようの不自然さに思い当たりやすいタイプだから。なるべく人と関わらない自由度の高い孤立したポジションを与えて、余裕のあるふわっとした遊撃状態にさせておくのがコツらしいよ」 「えっ」 何でもない口調でさらっと言われたけど。わたしにとってはかなり衝撃的な事実の暴露で、思わず呆然となって絶句した。 「て、ことは。…もしかしてあのとき先生が。さり気なく今の仕事の口を提案して紹介してくれた流れは…」 「うん、そうやって気象観測の担当者になるように誘導を頼んだ。って言ってたな。純架は自覚がなかっただろうけど、裏のトップからするともともと君みたいな傾向のある子は要注意人物なんだよ。集落のありように全く疑問を持たない、世界が本当はどうなってるかなんて考えもしない目の前に見えるままの狭い世界で充足できる住民がほとんどな中で。聡くて視野が広くて、小さな矛盾や微妙な不審点に気が回りやすい子は小さな頃から要チェックでずっと経過観察されてるらしい」 うへぇ。 「うちの年代では。…それがわたしだった、ってことかぁ…」 「うん、そう」 にこにこ機嫌のいい顔で平然と肯定された。いや、本人にとってはそんなにさらっと流されても。改めてはっきり言われるとそれはそれで結構ショック、なんだけど…。 がーんとなって頭を抱えてるわたしに、高橋くんは容赦なく新事実をさらに重ねて告げてくる。 「だから、成績的にもスペック的にも技術部もサルーンもどっちでもいけたけど。そういう部署に入ると下っ端の時点ですぐに現状の説明の矛盾に気づいちゃうだろうし、それはそれでなかなか扱いが難しい。どっちの職場も本当の外との関わりを知るのは、結局最終的にごく少数の幹部に昇り詰めるメンバーだけらしいし」 「つまり、どっちも最後引退するまで集落の秘密は知らされないままの職員がほとんどってわけだね。裏に通じる部署だけど、所属してる全員が何もかもを教えてもらえるわけじゃないってことかぁ」 ようやく話について来られるようになった神崎さんが、再びナイフとフォークを持ち直しながら大きな声で嘆息する。 わたしは返事をしなかったけど、その台詞にふとちえりちゃんや菜由の顔を思い浮かべていた。それから、あの悪夢のようだったサルーンの薄暗い個室。 確か高橋くんが集落でわたしにネタばらしをしたときに、サルーンの女の子たちは薬で眠らされてる間に外から来た所有者の仲間の男たちに弄ばれて孕まされるんだと聞いた。…もしもわたしが、技術部かサルーンに所属して何かの拍子にそんなからくりをうっかり知ることになったとしたら。 と、黙って考え込んでそこまで思いが至ったちょうどのタイミングで高橋くんが狙いすましたようにその続きを口にした。 「…かと言って、どうせ悟られるんならと君を早めに仲間内に巻き込もうと腹を決めて現実の外の状況や集落の機密を知らせたとしても。それまでのやり方通り他のみんなを騙し続けて、ここをそのまま維持することを選択できるか?と言えば、それは良しとしないのは目に見えてるから。…ああいう子はとにかくこの二つの職場だけは絶対に避けなきゃいけないタイプなんだ、出来る限り機密から遠ざけなきゃいけないって言ってたよ」 「ああ、…そう…」 わたしは何とも答えられず曖昧に濁して俯いた。…それはそうだ。 何も知らないでそんな風に搾取されてる人たちがいるのに、そのままでいいとは間違いなく割り切れないだろうな、確かに。 そういう意味では技術部長の懸念は当たってる。何も気づかないでいられるならともかく、裏事情を知ったら多分折り合えない。そこまでして集落の存続を優先させるべきって方針には同意できないと思う。 技術部もサルーンも、別にどっちもやりたい仕事ではなかったから。それは全然、いいけど。
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