最期の夏

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 僕は目を瞑った。生前の僕。どんな服を着ていて、どんな顔だったのか。  服は何となく思い出せる。ファッションに興味のない僕はいつも地味なTシャツとスエットを着ていたから。いや、でもこんな高級そうな場所でスエットなんて。仕方がないから僕は外に出る時必ず履いていたジーンズを思い出した。するとどうだろう。血に赤く染まっていた白のTシャツが目を開けると真っ白な皺一つないものに変わっていて、破けてボロボロになっていたパンツは見慣れた紺色のジーンズになっていた。でもただ一つ、顔だけは変わっていなかった。  「お顔が一番大切なのです。しっかり思い出してくださいね。」  僕が自分の顔を思い出すのに時間がかかっていることを男性はすぐに気づいたようで、背中越しにそう言ってきた。僕は特に日常において鏡で自分の顔を見ることが少ない。だからだろう、はっきりと浮かばないのは。  彼に念を押されてしまっては僕も諦めることが出来ない。だから僕はまだ形が残っている左半分の顔をよく観察して、僕の右側に当てはめた。すると潰れていた顔が徐々に形を成してきて、チンという音と共にエレベーターの扉が開く頃には僕は元の姿に戻っていた。  「とてもお似合いですよ。さあ、どうぞ。」  先に降りて扉を抑えたタキシードの男性は、まともになった僕の姿を見てニコッと笑った。お似合いの意味はよくわからないが、ありがとうございますと言って僕はエレベーターを降りた。
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