奈良の帰りに宇宙人に会った

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 たまには電車で少し遠くに足を伸ばそう。  奈良に行こうと思い立ったのは、その日の天気がちょうど暑くもなければ寒くもなく、日帰り旅行に行くのにちょうどよかったからだった。  奈良に出かけるならば朝がいい。朝の春日大社へ向かう街道は神秘的で、観光客相手に傍若無人に振る舞う鹿も、この時間だけは神のお使いだということを思い出させてくれる。春日大社に手を合わせ、思いつきで鹿せんべいを買って鹿にやる。傍若無人な鹿は鹿せんべいをやったら途端に「もっとよこせ」と追いかけてくるが、早歩きで無視すれば意外とそこまで追撃をかけてこない。  まったりという空気は奈良にこそ似合う。そのまったりという空気。まほろばという言葉を噛み締めて、私は奈良を歩き回って帰ることにしたのだった。  普段だったら電車の特急に乗って帰るものの、久々に歩き通したために少々眠たい。特急だと人が混雑していて座るのも大変だから、座ってうたた寝できる余裕のある各駅に乗ろう。  だいたいの思いつきを後悔するのは、後悔した後なんだから、始末に負えない。 **** 『もしもし、もしもし。道を知りませんか?』  目が覚めたとき、車内の地球人は私だけだった。  隣を振り返ると、ひとつ目の真っ白な服装の人が、チョコンと座って私に日本語の書かれた端末を見せてきていた。 「ひゃっ」  思わずひっくり返りそうになる。  宇宙人であった。最近になって宇宙交流が認められ、宇宙旅行に来る客が後を絶たないのだとニュースで言っていた。日本は地球規模で見たら小さな島国なため、滅多に宇宙人も来ないらしいが、稀に穴場スポット扱いされて集団で来ることもある。  特に私が寝こけている間に車内は宇宙人だらけになっていた。皆同じ格好をしていて、私だと区別が付かないが。これはもしかして家族旅行か団体旅行ではなかろうか。  もう一度寝たふりをしようか。そう思ったものの、隣の宇宙人は『助けてください』と日本語表記で端末を出す。  私は仕方なく、できる限り翻訳しやすいよう「どうしましたか!」と大声で声をかけた。 『ひらかたパークに行きたいんですが、どちらで降りたらよろしいですか?』  なんで宇宙人そんなローカルな遊園地に行きたいんだ。アイドルなのか武人なのかわからないマスコットお兄さんのサングラス姿を頭に思い浮かべ、私は仕方なくスマホで確認をはじめる。  私は奈良出身でもなければ大阪出身でもない。兵庫出身なため、本当に思いきらないと他の都道府県について詳しくない。ひらかたパークは大阪のローカル遊園地だ。  しかもややこしいことに、大阪、京都、奈良を繋ぐローカル線は、関西在住であっても地図を定期的に確認しないとようわからんことになっている。私はどうやって説明すべきか確認しはじめた。 『もしかしてわかりませんか?』 「はい、ここの路線に乗り換えないといけません。乗り換えの駅、わかりますか!?」  一応英語のほうが宇宙人にも伝わるらしいが、私の英語はネイティブの人には訛り過ぎてて聞き取れないらしく、頑張って大声で日本語で伝えたほうがいいらしい。  私はスマホで路線を見せて「ここの駅から降りて!」「ここ!」と必死に路線と駅名を叫んで説明した。 「わかりましたか!?」 『わかりました。どの駅で降りればいいですか?』  もしかして、私は降りるところまで起きてないと駄目なタイプか。  私はちらちらと宇宙人たちを見つめる。ひときわ小さな宇宙人は地球の電車が珍しいのかやたらめったらあっちこっちの座席に座っては窓を眺めている。奥様がたらしい宇宙人は子供を横目によくわからない『コーッコッコッコ』と笑いながら世間話をしている。  やがて。目的の駅に着いた途端に宇宙人は立ち上がって、私に端末を見せてくれた。 『ここで降ります。なにからなにまでありがとうございます』  私はペコリ、と頭を下げると、どうもそれが挨拶だと気付いたらしく、その宇宙人もペコリ、と頭を下げて皆に大声でなにを言っているのかわからない声をかけてから、皆でぞろぞろと電車を降りていった。  車内に取り残されたのは私ひとり。どっと力が抜けて、私は危うく座席から落ちそうになった。  あの宇宙人の団体旅行、楽しんでくれたらいいけれど。私の教え方が下手くそで『地球人ダメダメ』と憤慨しないといいけれど。  なによりも車内に誰も助けてくれなかったことが、心細かった。私は全部忘れようと目を閉じた。  次に宇宙人に会ったときに備えて、英語を勉強しようか。そう思っても、次に奈良に行こうと思いつくのはいつかはわからないけど。 <了>
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