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不審者
空が茜色に染まり、俺は背中とビジネスバッグを光に柿色に染められながら人気の少ない道を鼻歌を歌いながら、少し跳ねながら歩いた。
今日は仕事が上手くいき、上司に褒められて上機嫌な俺は青いネクタイを緩めながらカンカンと音を立ててアパートの階段を登った。
バッグの中を漁り、鍵を取り出すと穴に挿して鍵を回した。
ガチャリと鍵の開く音がして、玄関で靴を乱雑に脱ぐと、鍵を閉めた。そして、リビングの扉を開き、いつも通り入ってすぐの右壁にあるスイッチを押すと部屋が明るくなったと同時に、目の前にデッカいムッキムキの男が現れた。
俺は愕然として絶句した。
う、嘘だろ?泥棒?うちに金目のものなんてないぞ?…というかそもそもどうやって入ったんだ?!帰ってくる時鍵しまってたよな?…てことは窓か?
俺は心臓をバクバクと暴れ回らせ、ツーッとこめかみに嫌な汗が流れた。
「だ、誰だっ…」
俺は近くにあったG用スプレーを構えた。
男はそんな様子をジッと見つめてから、人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、胸に手を当てた。
「初めまして。私はディオール国の近衛騎士団団長補佐のライリー・ベルと申します。」
な、なに?近衛騎士団?ディオール…?何を言ってるんだ?金髪だし目は青いし…日本の何かに憧れた外国人か?…いや、でも日本には騎士なんて居ないしそう言う文化もない。それにこの人は日本語が流暢だ。
俺は不審に思いながら少し離れた距離からジロジロと観察していると、ドスッと重い音を立てて一歩近づいてきた。
ビクリと肩を跳ねさせてスプレーをしっかり構える。
「怯えないでください。怖いことはありませんよ。」
なぁにが『怖いことはありませんよ。』だ。クソッ!イケメンめ!イケメンだろうが不法侵入は許されることじゃないし帰ってきて人がいたら怖いだろ!
変な言動に少し余裕を取り戻した俺はキリッと眉を吊り上げ、ビシッと男の足元を指さした。
「んな国名聞いたことねーし日本に騎士とか存在しねーし、お前のやってることは犯罪だ!…あと、1番許せないのが土足で人の家に上がり込むことだ!」
男は目線を下に下げて、ジッと俺を見た。
この男、垂れた優しげな目と涙黒子、ガッチリした身体のせいかよく見たら色気がーー……って何考えてんだ俺!コイツを追い出さないと!
「け、警察呼ぶからな!」
キッと睨みつけて、電話帳を開く。キーパッドを開くと男はジッと俺を見つめ続けた。
「ケイ…?」
「分からないフリしても無駄だ!」
「そのケイ…とやらは何ですか?」
不思議そうに首を傾げながらまた一歩近づいてくる。
「ひぃっ!」
俺は悲鳴をあげて思わずガタンと携帯を落とした。
い、一歩がデカいッ…!背もデカすぎる!2メートルくらいあるぞ?!
俺は175センチくらいあるけれど、それでもコイツの肩程までしかない。
ジッと見上げると、男は少し目を丸くしてからニコリと微笑んだ。
「私は元の国に帰りたいと思っていたんですが…ふふ、ここも悪くなさそうですね。」
「は、はぁ?そ、そもそもお前元の国とか言うけどどこから来たんだよ。とっとと帰ってくれ。」
ビクビクと怯えながらも強気な態度で反抗する。男は眉を下げて悲しそうに言った。
「そんな悲しいこと言わないでください。」
そ、そ、そんな捨てられた仔犬みたいな目で見られたって揺らがないぞ!
「く、臭い演技をするなっ!」
「演技?私は事実しか話していませんよ。…あぁ、そういえばここに飛ばされた理由はお話ししていませんでしたね。」
飛ばされる…?な、なんかヤバいヤツなのか?極道とか、密売とかヤクとか……。
想像して身を震わせると、男はニコリと微笑んでベッドの縁に腰掛けた。
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