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 アルマーズはノック音で書類から顔を上げた。デスクにいたかれは、イアリートの顔を見るなり、むっとした。 「なんだ、ストーカーか」 「イアリートです……」  会話の初っ端からめげるイアリート。 「マリオンは?」 「いません」 「どこに行った」 「外で業者と打ち合わせしてます」 「業者?」 「来月の学園祭で使う野外ステージのですよ。あんな本格的なライブ設備を手配してどうするんです、トローリでも呼ぶ気ですか」 「そんな古いバンドを呼ぶか、カラレーバだ」 「カラレーバって……本気で言ってるんですか? どうやって、ボーカルはとっくに死んでますよ、バーチャルかなんかで?」 「おれがやるんだ」 「え、学長が?どういうことです、またわたしをからかってるんですか?」 「きみをからかってなにが面白いんだ。大学時代に結成したおれのバンドだ、ミリオン・ルブレ」 「ずいぶん景気のいいバンド名ですね。でも、どうしてカラレーバなんです、トローリより古い。トローリはいまも現役でロックやってますよ、おれは好きです」 「一回解散したのにまた復活したじゃないか。ボーカルが調子乗ってソロになったが売れなくて元の仲間に泣きついたんだろ」 「やけに詳しいですね……あれ、カラレーバもそうだったような」 「時効だ、死んだボーカルを責めてやるな」 「いやそんなつもりは」  たんに好きなバンドをひいきしたいだけじゃないか、とイアリートは思うが、口にはしない。 「古けりゃガキどもは知らないんだから、おれがオリジナルだと思うだろ」 「思いますかねえ」 「要は受ければいいんだ。きみのクラスのバンドも出るんだろ、ビジュアル勝負ならこっちのほうが衝撃は大きい。観客全員の脳裏に焼きつけてやる」 「う……悪夢を見そうですね……生徒より目立ってどうするんですか」 「なにが悪い。特設ステージは全員に使わせてやるんだぞ、バンドだけじゃなく、演劇部も使いたいと言うからな。リハ込みで10日間借りるのにいったいいくらかかったと思う。——それよりストーカー、暇ならマリオンを呼んでこい」 「だから、そのストーカーって呼び方やめてください。おれはストーカーじゃありません!」 「マリオンの尻を追っかけてここに来たくせに」 「マリオンがここで働いてるなんて知らなかったんです! 何回言ったらわかってくれるんですか……」イアリートは涙声になって、「これは運命のいたずらですよ」 「へえ、運命?」 「神様がおれにチャンスを与えてくれたんです。一度フラれたくらいでめげるんじゃないよ、一途に想えばきっとマリオンも心打たれて⋯⋯」 「誇大妄想だな、危険な兆候だぞ」 「なんとでも言ってください。おれはストーカー呼ばわりされるようなことはしてません」 「しそうな顔をしている」 「訴えますよ、本当に!」 「どうぞ」  アルマーズはにやにや笑いながら、革張りの椅子の背に身体を預けた。  イアリートは殺意を覚え、思わず拳を握った。  しかしその拳は身体の後ろでぷるぷると震えるだけで、振りかざされることはない。本当に振りかざせばクビ確定だし、それにこの憎たらしい顔を見ていると、自分のほうが遥かに腕力はありそうなのに、なぜか勝てる気がしないのだった。 「……マリオンを呼んできます」 「やっぱりいい、きみはマリオンに近づくな」 「ぬ……では、わたしがご用件を伺いますが」 「いや、ミカンが⋯⋯」  イアリートは、アルマーズがちらりと視線を向けた先を見た。  デスクの背後の壁際に、大きな段ボール箱が置いてあった。届いたばかりの荷物のようで、まだ伝票が貼ったままだ。 「ミカン?」 「⋯⋯いいから、きみは仕事に戻れ」  願ってもない、とばかりにそそくさとイアリートが扉を開けたところへ、マリオンと鉢合わせた。  かれを見るなり、マリオンもむっとした。
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