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「え⋯⋯」
あからさまに動揺するマリオンを見て、アルマーズは意地悪く笑った。
「応募データできみの名を見てすぐにわかった。やつがやらかしたセクハラ、モラハラ、パワハラ、なんたらハラハラ——よくもまあ漏れなく手をつけたもんだ——山ほどの罪を全国ネットで告白させた、あの謝罪会見は傑作だった。ちょうど食堂で飯食いながら午後のニュースを見ていたらあれが流れたんだ、笑いすぎてうっかりレーズンパンを喉に詰まらせて、危うく死ぬかと思ったぞ。あいつ泣いてたよな、ヒヒヒ、ざまあみろだ」
マリオンにとっては笑い事ではなかった。
「わたしの名は、どこから?」
「きみは有名人だぞ、知らなかったのか?バストーク州内だけじゃない、国中の学校で知らない者はいないさ。どうせ、あのクズ野郎が腹いせに広めたんだろう。きみはバストークを追われてわざわざ東の果てからここカミニまで出てきたんだろうが、上司を告発した職員を雇う学校なんざ、どこへ行っても見つからんぞ」
マリオンはショックで言葉を失った。
アルマーズは愉快そうだ。
「言うまでもないと思うが、この国、ルーイの教育機関は腐っている。それは地方も都市部も変わらん。出世欲に目がくらんだ連中が国のいいなりになって、国にとって都合のいい思想を子どもたちに押しつけ、それに違を唱える者は爪弾きにされる。教育庁の連中は自分の保身に精一杯だ。危険因子のきみを見過ごすはずがない」
「⋯⋯その、つまり、もう、学校で働く道はないということですか」
「負けが見えている勝負に、なんの意味がある?」
「負けるわけにはいかないんです!」
マリオンは思わず声を荒げた。
「サバクに耐えかねた教師が次々と辞めて、あのままじゃ34校は崩壊していた。しわ寄せを受けるのはいつも子どもたちなんだ。せめて、おれがいる場所くらいは居心地のいい環境にしてあげたいんです。どこにも居場所のない子たちの拠り所となるように。自分の境遇が原因で、何気ない瞬間に、立ち直れないくらいに深く傷ついて、それを乗り越えられずに救いを求め続ける、そんな子がいなくなるように……!」
アルマーズは口元に浮かべていた薄笑いを引っ込めた。
耳まで真っ赤に染めた青年の手元にふと目を留め、太い眉をぐっと寄せる。
怒りに震えるかれの左手は、自分の右手の甲をつねっていた。
昂る感情を抑えようとする行為なのか。
幼稚だな、とアルマーズは思った。
目の前にいる青年は、想像したマリオン・イーリスとはまったく違う。古い体質に固執する組織において、上司を告発するのは自殺行為だ。それをやってのけた男とはどんな人物なのか。よほど肝が据わった豪傑か、計算高い狐か。
しかし実際は、感情に突き動かされ後先考えずに行動しただけのようだった。
「きみは大バカだな」
アルマーズが呆れた声で言うと、マリオンは思わず腰を上げた。勢い余って椅子が後ろへ倒れる。
「バカでも、自分のやったことを後悔していません!」
「しかし、なぜ裏方なんだ、教師になる気はなかったのか?」
「教員免許は持っています。父が教師だったので、半ば強制的に。でも、おれは人を指導できるような人間ではないので」
「ふん……わかった。マリオン・イーリス」
アルマーズは不敵に笑い、
「おれがあいつを、サバクを完膚なきまでに叩きのめしてやろう」
「それは願ってもないことですが……なぜあなたが?サバク校長と、なにか因縁でも?」
「幸い、セクハラはされていない。安心しろ、おれは部下のケツをなでるほど暇じゃない。きみが億万長者の息子でここの修繕費を全部出してくれるって言うなら、おれのケツぐらいは触らせてやってもいいがな」
そう胸を張るアルマーズを、マリオンは呆然と見つめた。
アルマーズは、もうこの話は完了、というように手を叩いた。
「さて」
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