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デスクに並べたネクタイを前に両手を広げてみせたアルマーズは、「どれがいい?」と言った。
少し冷静さを取り戻したマリオンは椅子を元に戻しつつ、
「え?」
「今晩、懇親会があるんだ。年に一度、ばか高いホテルの会場を借りきって卒業生とその家族が集まる。もちろん費用は毎年卒業生から集まるありがたーい寄附金で賄うからこっちは痛くも痒くもないし、うまく立ち回ればいくらでも金を搾り取れる。それで、これだ」
まだわからない、という表情のマリオン。
「いいか、マリオン・イーリス。この学園は一見立派だが、見かけ倒しのハリボテ同然、家柄で生徒を選ぶどうしようもない学校だ。おまけに老朽化であちこちガタがきている始末だ——まあ、それはなんとかするとして——最大の課題は中身のほうだ。おれはこの学園を、生まれも育ちも関係ない実力重視に転換する。ただ、学園の運営は在校生のばか高い学費と卒業生の寄付金で賄っているのが現状だ。このプライドの塊みたいな連中が、庶民にここの敷居をまたがせたがらない。議題に上げただけで拒絶反応でヒステリーを起こしやがる。おれのことは詐欺師扱いだし、おれも会いたくもないんだが、金の使い道を決めるのも連中の息がかかった理事会だ。懐を握られているうちは無視できない」
アルマーズは乾いた唇を舐めると、水差しからグラスに水を注いでひと口飲んだ。
「学長選に勝つ方法を考え抜いて、気づいたんだ。おれのコンピュータ並みの明晰な頭脳は必要ない。必要なのは、たとえ不本意でも、力を持つ連中に気に入られること。それはつまり、仕立てのいいスーツを着て、連中の好みに合うネクタイを締めることだ、とな。このスーツはトムフォードだ、いくらだと思う?43万ルブレだぞ。ふざけたもんだ」
「はあ……」
「連中はここの校舎と同じでもうガタガタだ。顔が利く昔気質な政治家がコロコロとくたばるし、不景気の煽りを受けて政府からの資産への締めつけは厳しくなる一方だし。金があるのはいまのうちだ」
アルマーズはネクタイを首からはずすと、便利グッズの対面販売員のような仕草で机に並べたネクタイを次々胸に当てながら、
「これはどうだ、金持ちはやたら金色を好む。赤もそうだな。まったく時代錯誤な連中め。なんだこのぐにゃぐにゃした、ミミズが這ってるみたいな柄は……で、どれがいい?」
マリオンはめまいを覚えた。
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