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マリオンはネクタイを解きながらデスクを回り込み、アルマーズに近づいた。
と、アルマーズは露骨に後退りした。
マリオンはきょとんとして、
「なんです?」
「うっかり手でも触れたら困るだろう」
「言っておきますが、わたしはサバクにセクハラされてませんよ。被害者は同僚の女性です」
「きみも女みたいな顔してるじゃないか」
「その発言、訴えられたら負けますよ」
「撤回する。セイベルのばあちゃんに誓って、きみを侮辱するつもりはなかった」
アルマーズは胸に手を当て、言った。
軽々しい誓いだ、とマリオンは呆れつつ、かれの首にネクタイを締めてやる。
「セイベルの出身なんですね。その瞳の色、なにかで読んだことがあります。北の極限に住む人たちは、日光を浴びる時間が少なく、瞳の色素が極端に薄いと」
「民族史も押さえているようだな」
結び目を整えながら、頭ひとつ分は上にあるアルマーズの顔をマリオンは見つめた。
アルマーズは怪訝な顔をして、
「おれの顔はそんなにめずらしいか」
「いえ、瞳があまりに綺麗で、なんだか吸い込まれそうで……セイベル出身だと、公にしてるんですか?」
「していない」
「なら、なぜおれに?」
「きみが気づいていたからだ。わざわざ、極北の、と言っただろう?」
マリオンは感心した。
と同時に、迂闊な発言をしたことに背筋がひやりとした。
「気分を害したなら、謝ります」
「謝る理由はない。おれの目をまっすぐ見て、綺麗なんぞと言ったのはきみがはじめてだ」
「本心からそう思ったので」
アルマーズは顔を逸らすと、「はっ」と破裂音のような声で笑い、7:3の髪を掻き乱した。
「で、どうだ」アルマーズは少し赤らんだ顔でマリオンを見下ろし、「似合うのか、この色は?」
「ええ、とても似合います。これは安物のネクタイですけど」
「おれには安物でちょうどいい。これはもらう」
「困りますよ、おれの一丁羅!」
「これからいくらでも買えるじゃないか。月20万ルブレだぞ、しかも残業代は別だ。破格だろう」
「え、どういうことですか?」
「どうもこうも、きみの月給だ、求人広告に記載通り。昇給の判断はおれがする。交渉は認めない。文句も受けつけんぞ」
「おれが、あなたの助手? 本当にいいんですか?」
「なんだ、そのために来たんだろう?」
「でも、おれをここに置くのは、問題なのでは」
アルマーズは、ふんっと鼻で笑い、
「ここをどこだと思っている?帝政時代から続く名門マラザフスカヤ学園、そして学長は、このおれだぞ」
マリオンは目を輝かせて頷いた。
その直後、ほっと息を吐いたかれの顔色が変わったのを、アルマーズは見逃さなかった。
「どうした?——わっ!」
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