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「だーかーら!」
アルマーズはレーズンパンを頬張った口で、食べカスが飛び散るのもかまわずラップトップのモニタに向かって喚いた。
「ここでどーんと派手に炎が燃え上がる映像を入れたいんだよ!」
〈1回目より2回目のサビで入れたほうが盛り上がると思います〉
マロースの声が執務室の宙をぐるぐる回る。
かれの声を発しているスピーカーが室内を飛び回っているのだ。
手のひらサイズのボール型のそれは、頂点にプロペラがついた青色の猫だった。三角の耳とぱっちり開いた大きな目、にっと笑っているような口がついている。
マロース猫はぶーんと蜂のような音を立ててアルマーズの目の前まで来て、ホバリング。
〈わたしの分析結果によると〉
「近づくな、ぶんぶん鬱陶しい。おいマリオン、こいつを止めろ、いや返却だ、メーカーに返してこい」
同じデスクを挟んでアルマーズと向かい合わせに座っていたマリオンが、書き物をしていた手を止め、え、と顔を上げた。
「どうして、可愛いじゃないですか」
「いまの設備で不便はないだろ、学園中のどこでもマロースに指示できるんだぞ。こいつは危なっかしくて校舎内では使えないし、そもそも、マロースの声とまったく合っていない」
「猫型以外にも選べますよ、犬とかオウムとか」
「どれも合わん。最新AIのボディがこんなオモチャじゃ、説得力に欠ける」
「いまのかれの放送は不評ですよ。マロースは生徒たちともっとコミュニケーションを取るべきです。かれがこの学園の安全を守っていることをみんなが理解しないと、いくら注意を促しても真剣に取り合ってくれない。それに」
マリオンは自分のもとへ飛んできたマロース猫を手のひらに乗せ、
「可愛いほうが、みんな喜びますよ」
「ガキどものためとか言って、実はきみが欲しいんじゃないのか。猫を飼いたいとか言ってただろう」
「え、そんなこと、学長に言いました?」
「先週の消防訓練に来てたカミニ中央消防署の隊員と猫の話で盛り上がってたじゃないか。火事場で保護した野良猫が署内に住みついてるから、見に来ないかとか誘われて……」
「ああ、確かに」
「行ったのか?」
「いえ、消防の邪魔になりますし。写真は見せてもらいました、可愛かったなあ!」
「ふん、そんな汗くさいところへ行くな。一応、検討はしたんだ、寮で飼えないか。結論として、無理だ。アレルギー持ちもいる」
「そんなつもりじゃなかったんですけど……すみません、公私混同でした、明日返してきます」
マリオンは眉尻を下げ、寂しそうな表情でマロース猫を見つめた。
アルマーズは慌てて、
「いや、いい、マリオン、すぐにとは言わん。どうせ3ヶ月無料レンタル期間中なんだ、ひとまずそれが終わるまでは試してみる」
マリオンの表情がぱっと輝いた。
喜ぶ助手を見て安堵する自分は、なんとももどかしい。
頭を掻きつつ、アルマーズはモニタへ視線を戻した。
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