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「よし、炎は1回めで決まりだ」  アルマーズが覚えたばかりの動画編集ソフトを使いこなす様子に感心しながら、マリオンはふたりの間に置いた籐のかごへ手を伸ばした。そこに山積みされたミカンをひとつ取って皮を剥き、房を口へ放り込む。  このミカンは、アルマーズの故郷から今朝届いたものだった。  マイナス50℃まで下がる極北の過酷な冬を耐え、雪の下で熟す珍しい品種、セイベルミカンだ。  年に一度、冬の終わりに届くそれを、マリオンは心待ちにしていた。  アルマーズはレンダリングが終わった数秒の動画を繰り返し再生しながら、満足げに頷いた。 「完璧じゃないか。やっぱりおれはAIのセンスなんて信じない」 〈失礼ですね、わたしは10万5230曲のミュージックビデオを解析し、最も効果的な演出法をお勧めしているんです〉 「ほら、きみの感性じゃないんだろ。偉そうに!」 「もう、すぐ喧嘩する」とマリオンが呆れる。 〈喧嘩を売っているのは学長です。わたしは冷静ですよ〉 「マリオンが、マロースくん、などと名前なんぞつけて馴れ馴れしく呼ぶからつけあがるんだぞ、所詮コンピュータだ」 「この学園はマロースくんが動かしてるんですから、機嫌を損ねたらトイレの電球一個も点けてもらえなくなりますよ。かれを導入したのは学長でしょう」 「こんな口答えするようになるとは思わなかったんだ」 「マロースくんの学習のお手本はほぼ学長だと思いますけど。ふたり、ますます似てきてますよ。——ほら、学長も食べてください」  と、マリオンはかごからミカンをひとつ取ってアルマーズの前に置いた。 「いらん」 「せっかくこんなに貰ったのに」 「おれは赤ん坊の頃から毎日食わされてたんだ、もう一生分食べた。きっとおれの血液はミカンジュースだぞ、売れるかもな」 「売らないでください。そんなこと言わないで、はい」  マリオンは自分の手のなかにある房から一粒取ると、アルマーズの口元へ差し出した。 「なんの真似だ」 「いいから、食べてください。学長のために送ってくれたんですから」  急かすようにマリオンは粒を突き出す。  アルマーズは戸惑いながらもデスクに身を乗り出すと、「あーん」と促されるままに口を開けた。  少しひんやりした指先が、果肉と一緒に唇に触れる。  アルマーズはどきりとして、粒を噛まずに呑み込んでしまった。  恥ずかしさに全身がカッと熱くなる。  書類に目を通すふりをして、アルマーズは顔を隠した。 「はい学長、もう一個」 「いらん、ガキじゃないんだぞ」 「わたしが全部食べちゃいますよ?」 「去年もほぼひとりで食っただろうが」 「さすがに今年は全部食べるのは無理です。去年の倍くらいありますよ、豊作だったんでしょうか?」 「んむ……まあな」  「見てみたいな、ミカン畑」とマリオンがぽつりとこぼしたのを聞いて、アルマーズは書類を下ろした。 「行きたいなら、連れて行ってやるぞ」 「本当ですか?行きたいです!ミカンの収穫とか、トナカイの世話とか、お手伝いしたいなあ」 「嫌というほどこき使われるさ……なあ、マリオン」 「はい?」 「……いや、なんでもない。もう一個だけくれ」 「ダメです」  マリオンは次々とミカンを剥いていき、房をいくつかまとめて頬張りながら、アルマーズの口にも同じように詰め込んだ。 「みんなには秘密なんですから、ふたりで早く食べちゃいましょう」  口のなかいっぱいの果肉を今度はちゃんと味わいながら、アルマーズはこくりと頷いた。
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