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「みなさん、ごきげんいかが?」
低く落ち着いた、しかしよく通る女の声が室内に響き渡った。
職員室で黙々とデスクに向かっていた職員のなかで、いち早く彼女の訪問を察知したのはサプフィールだった。
廊下にこだまするハイヒールの音。余裕たっぷりの足取りは只者ではない。
かれが知る限り、こんな寒々しい旧校舎をわざわざ訪ねる大物といえば、ただひとりだった。
その日、彼女の到来を予見していたかのように上下白のスーツで決めていたサプフィールは、さっと服を整え、職員室の入口で出迎えた。
「これはこれは、ラマノヴァ会長」
「あらサプフィール、スーツを新調したのね、素敵よ」
その女性、マラザフスカヤ学園OB会・会長ガリーナ・ラマノヴァは悠々と歩いてくると、サプフィールの肩をなでた。
「いい生地だわ。とても似合っている」
「光栄です。会長こそ、今日も洒落てらっしゃる」
「わたくしはあなたのように白を着こなせないの」
うっとりとサプフィールを見つめる彼女の表情は、思春期の少女のようだ。
真紅のツーピースを着て、大粒の真珠が連なるネックレスが皺の刻まれた首元で輝いている。
民族衣装からして華美なルーイの元貴族らしい、とサプフィールは彼女を見るたびに思った。足元までビビットカラーのピンヒールだ。
サプフィールは徐にラマノヴァの首筋へ手を伸ばした。
彼女がどきりと頬を赤らめる間に、ネックレスが消えている。
「真珠など、会長には必要ないでしょう」
「え、どうなって……?」
戸惑う彼女の鼻先で、消えたときと同様に忽然と、しなやかに動く手からネックレスが現れた。
「まあ!」
「失礼をお許しください」
とサプフィールはラマノヴァの首に腕を回し、ネックレスをつけ直した。
「あなたはいつも楽しませてくれるわね、学長とは大違い」
「今日も楽しくないお話ですか?」
「いつものことよ——学長はいらっしゃる?」
「ええ、いらっしゃいます。マリオンも」
「そう」
ラマノヴァは澄ました声で応えると、サプフィールに意味ありげな視線を送った。
サプフィールはすべて承知とばかりに、にこりと笑い返す。
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