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「なんでジジイのツケをおれが払わにゃならんのだ!」  壁越しにはっきり届いたその声に、青年は身を硬くした。  美しい青年だった。  きめの細かい白い肌、ツンと尖った鼻、大きな黒い瞳、緩やかにウェーブした鮮やかな赤毛。  細身のスーツに身を包み、木製の椅子に浅く腰かけたその佇まいはファッション誌の表紙さながらだが、しかし丸眼鏡の下にある表情は警戒心で歪んでいた。  青年がいるのは、質素でこぢんまりとした部屋だった。  室内の中央にあらかじめ用意されていた一脚の椅子、使いこまれた感がある応接セットと書類の詰まったキャビネット、L字に置かれた大小ふたつのデスク、そして最低限の調度品があるだけ。装飾のひとつもない。  小ぶりな出窓の外は深い白樺の森だった。昨夜のうちに積もった雪に覆われ、ひっそりしている。  照明の点いていない室内は薄暗く、白い窓枠に切り取られたその光景はまるでそれ自身が光を湛えた絵画のようだった。  つい5分前、この部屋にはじめて足を踏み入れた青年の目をまず引いたのは、この窓だった。  目の前にある木製の重厚なデスクは、前面に真鍮製の装飾がはめ込まれていた。  雪の結晶を模ったフレームの中央にMの文字を冠している。  それが、ルーイでは知らない者はいない国内随一の名門校“マラザフスカヤ学園”の校章なのは確かだが、青年はまだ半信半疑だった。  デスク上には固定電話、万年筆の挿さったペン立て、閉じられたラップトップ⋯⋯そしてなぜか、ウイスキーのボトルとロックグラス。  さらに、傍にはアコースティックギターが立てかけてある。  この部屋の主人はいったいどんな人物なのだろう……なんだか、嫌な予感がする。  かれの不安を現実のものにしたのが、件の声だった。
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