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それは、淡いグレーのスーツを着た長身の男だった。
肩幅は広くがっしりしていて、腰まわりに多少の肉づきはあるものの、足は細く長い。プロリーグのアイスホッケー選手と並んでも見劣りしない立派な体躯だ。
扉の向こうは広く明るい部屋で、ずっと奥までデスクが並んでいた。
隣は職員室らしい、と青年は思った。
土曜日の朝だが、ちらほらデスクで仕事をしている教師らしき姿が見える。
長い冬休みは終わりが近づいている。新学期を迎える準備に追われているようだ。
男の広い背中の向こうで男女ふたりの職員が顔面蒼白で立ち尽くしていた。そのうちのひとりとうっかり目が合い、青年は慌てて顔を前へ戻した。
「……いや、だめだだめだ、そこは絶対にケチるな。業者を徹底的に調べ上げて一番信頼の置ける会社を選べ。いいか、くれぐれも名前で選ぶなよ、大手も当てにならんからな。ああ、その前にまずは役所の担当者と記者を呼べ」
「記者、ですか?」
女性職員が恐る恐る口を挟む。
「記者会見を開く。いままで2年に1度の検査を怠っていたこと、すぐに修理しないと東棟の壁が崩壊すること、全部ぶちまける」
「そんなことしたら……!」
「隠せば最悪の事態になるのは目に見えている。こういうことはこっちから先に情報を出さないとだめなんだ。時間との勝負だ、ぼさっとしてないで、いますぐ各局に電話しまくれ!」
はい、と女性職員は慌てて踵を返し、駆けていく。
「年に1度……いや、半年に1度の点検を実施すると書面に残しておけ」
と、男は残った男性職員に命じる。
「料金の交渉はおれがする。今日中に業者のリストを持ってこい。きみひとりでやるなよ、事務総動員で……ん? ああそうか、昨日またひとり辞めたんだったな、きみたちふたりだけか。とにかく、きみたちはこれを最優先にしろ。こんなことしてる間にこのオンボロ学園が崩壊して怪我人でも出したら、全員路頭に迷うんだからな!」
男性職員は青い顔で頷くと、ふらふらと事務職のブースヘ戻っていった。
「まったく、くそ死に損ないめ、問題だけ残して悠々と会長なんぞになりやがって……」
独りごちながら、その男、マラザフスカヤ学園の学長はやっと自分の執務室に入り、扉を閉めた。
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