皆過激平等主義者

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体温と勘違いできるほどの猛暑であることを、車内の温度計が教えてくれている。現在36度。外を歩かず、車で現地まで向かえるだけありがたい。いつも腹いせかのように仕事を振ってくる上司への感謝が今日だけは止まらない。 助手席に乗っている後輩はスマホに釘付け。文句を言いたくなる気持ちが沸々と湧き起こるけれど、それを直接伝えるほどの勇気はどこかに置いてきてしまった。 ふと後輩が口を開く。 「めちゃ燃えてる。やばいっす。」 信号はまだ変わりそうにない。 徐に視線を移した先にあったのは、文字面だけで削られそうな言葉の数々だった。 「最近、SNSでの炎上、多いっすよね。」 芸能人の不倫、丸刈りではない高校球児、野外フェスでのセクハラ騒動、民意とは反する度重なる増税、etc...。SNSを2スクロールもすれば、何かしらの過激な発言を目にすることが可能だ。 「みんな暇なんすかね、ぶっちゃけ誰かのことを叩いてる余裕とかないっすw」 助手席で暇しているやつが言うのもどうかとツッコミたくなる気持ちは抑えたが、その意見には激しく同意できる。誰かの何かに異を唱えられるほど、思考に余裕がある。きっとそうに違いないことは、これまでの炎上騒動の度に感じ取っていた。 今回燃えていたのは、甲子園の優勝校が丸刈りではなかったこと。高校球児として丸刈りは当たり前、髪の毛を伸ばすなんて言語道断。そこから飛び火して、応援がうるさすぎる、なんて声も上がっていた。文字通りの飛び火であり、燃えるのであればなんでも燃やしてやろうという魂胆までもが見えていた。 「優勝しちゃったんでロン毛でも誰も文句言えないはずなんすけどねぇ、やっぱ腹いせしたいんですかねぇ、めちゃストレス溜まってるんでしょうねぇ。」 猫でも撫でているかの如く後輩が呟く。きっと似たような投稿もあるに違いない。間違いないな、と静かに同意を示した。 30分ほど車を走らせた先にようやく目的地が見える。年齢もあってか、座りっぱなしが続くとどうも腰が痛むようになってしまった。駐車のためにサイドミラーを眺めながら、腰を休めるためにも軽く座り直す。 「あざすっ」 エンジンを切ると共に、後輩が跳ねるような声を上げた。こういった礼儀正しさも持っているからどうも憎めない。 重いドアを押し開けると、温泉でも広がっているのかと勘違いするほどの蒸し暑さが迎え入れてくれた。 「暑いっすねぇ、早く終わるといいっすね。」 車の中での元気は、もう消えたようだ。気が乗るような状況ではないことは確かなので、あえて何も言わない。 後部座席に積んでいたキャリーケースほどの機材入れを後輩が持つ。専用のカバンに入れているため持ちやすさはあるが、精密機器だから重さも尋常では無い。食い込むような重みなので、昔は持つのがとても嫌だったことを思い出す。 扉を閉める音がバタンと鳴り響く。閑静な住宅街の一角に人集りができており、そこだけ時間が流れているようでもあった。 「まぁさすがに、1番ではないっすよねぇ。」 喧騒が大きくなっていく。閃光が飛び交い、怒号とも取れる声が宙でぶつかり合う。後輩がカバンからカメラを取り出す。一般人が買える代物ではないことは一目でわかるものだ。2人で喧騒の中に溶け込んでいく。 ビニールから顔を出すように包まれた花が、暑さから割れ先に逃れようと山積みにされていた。
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