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お化けのような不気味な木々の奥には、見たこともな白い鹿が闊歩している。
「千晩ヶ嶽には不可思議な沼の伝承が伝わっておる。この山に立ち入って戻ってきた者は誰もおらん」
うわぁぁぁぁ、と千丈の情けない悲鳴が聞こえた。
「足元に気を付けるのじゃぞ」
ひょいひょいと木々の根を飛び越えながら紺が注意をうながす。
折口が追いかけると、徐々にむっとする悪臭が強くなった。
霧が開けると目の前には、どろどろの沼が広がっていた。
「沼に千丈が沈んでいるぞ!」
千丈の体は胸の辺りまで泥水にはまりもがいていた。
神器の人形は遠くで沈みかけ、暴れれば暴れるほど千丈は見えなくなっていく。
「助けてくれぇ!」
醜くわめく千丈の声はぶくぶくと水音へ変わり、何も聞こえなくなった。
「終わったのか」
「やれやれ、せっかくの山男の神器が沈んでしまったのう」
残念そうに沼へ向けて紺がため息をつく。
ぱたりと一人でに本が閉じて、周囲は見慣れた里山へ戻った。
「できれば官憲に引きわたして、罪を償わせたかったけれどね」
「たわけたことを。人間ごときが神器を裁けるものか」
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