第捌話 誰彼アブダクション

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 お化けのような不気味な木々の奥には、見たこともな白い鹿が闊歩している。 「千晩ヶ嶽には不可思議な沼の伝承が伝わっておる。この山に立ち入って戻ってきた者は誰もおらん」  うわぁぁぁぁ、と千丈の情けない悲鳴が聞こえた。 「足元に気を付けるのじゃぞ」  ひょいひょいと木々の根を飛び越えながら紺が注意をうながす。  折口が追いかけると、徐々にむっとする悪臭が強くなった。  霧が開けると目の前には、どろどろの沼が広がっていた。 「沼に千丈が沈んでいるぞ!」  千丈の体は胸の辺りまで泥水にはまりもがいていた。  神器の人形は遠くで沈みかけ、暴れれば暴れるほど千丈は見えなくなっていく。 「助けてくれぇ!」  醜くわめく千丈の声はぶくぶくと水音へ変わり、何も聞こえなくなった。 「終わったのか」 「やれやれ、せっかくの山男の神器が沈んでしまったのう」  残念そうに沼へ向けて紺がため息をつく。  ぱたりと一人でに本が閉じて、周囲は見慣れた里山へ戻った。 「できれば官憲に引きわたして、罪を償わせたかったけれどね」 「たわけたことを。人間ごときが神器を裁けるものか」
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