ダンディ三人組

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ダンディ三人組

「ウェスト侯爵さま。お忙しい中、娘の披露目に参加頂き、誠にありがとうございます」 「リンベル伯爵、今日の良き日に招いて頂き感謝する。そちらが、そなたの掌中の珠、アイシャ嬢だね」  父に連れられ向かった先には、赤髪を綺麗に後ろへとなでつけ、豪華な燕尾服を隙なく着こなすダンディーなオジ様が立っていた。 (あぁ、彼が我が国エイデン王国の片翼、知の名門ウェスト侯爵家の当主ね)  エイデン王国の宰相を務める男だ。笑みは浮かべていても、メガネの奥に隠された目は笑っていない。けっして威圧的なオーラーを放っているわけではないのに、その場の空気を一瞬で支配した存在感は、さすがエイデン王国の宰相と言える。 (あの隙のない感じ、いいわぁ)  ダンディなおじ様と言っても、年は三十代そこそこだろう。もちろん、脳内妄想ワールドの住人として、申し分ない。 (逆に、ちょっと渋い感じがいいわよね。年の差恋愛のキャストとして最高。禁断感が増すのよねぇ。しかも銀縁メガネが、良いアクセントになっているわ。貞節な教育者の夜の顔。ダダ漏れる色気に、初心な生徒は……) 『どうした、そんなところに隠れて…… ――先生、どうしてここに。 野暮なことを聞くな。君もわかっているのだろう? えっ! 先生、待って……』 (きゃぁぁ!!!! それ以上はダメよ、ダメ!!)  肌けたシャツの間から差し込まれる骨張った手。小麦色の肌が赤く染まり、それを見た教師が生徒の耳元でささやく。 『君も、期待していたんだろう』と。 (あぁぁぁ、これ以上はダメよ。ダメ……、でも妄想が止まらない!!)  破廉恥な想像が頭の中をクルクルと回る。 (いやいや、今はそれどころじゃないのよ、アイシャ。ここで鼻血を噴かないためにも、煩悩は封印するの。ダンディなオジ様のご尊顔を見ているから妄想が止まらないのよ。目線を下げるの、下げるのよ)  煩悩を抑えるべく下げた顔だったが、ウェスト侯爵からかけられた言葉に顔を上げざる負えなくなる。 「君が、アイシャ嬢だね。可愛らしいお嬢さんだ」 (あぁぁ、無理無理。鼻血ふく……)  バッチリと合った視線に、アイシャの気力は風前の灯だ。 (無理、かも)  その時だった。隣に立つ父からグッドタイミングで助け舟が出される。披露目の会までに何度も父と練習を重ねた『挨拶』の指示を示す合図。その指示を受け、身体が自然と動き出す。  絶対に失敗しないようにと、何度も身体に叩き込んだカーテシーの姿勢は、アイシャの脳内が瀕死の状態であろうと関係なく、完璧な姿勢をとる。ピンク色のフワフワのドレスを指先でつまみ足を一歩下げれば、自然と視線が下がり、ウェスト侯爵と視線が外れる。  視線さえ外れてしまえば、機能を停止していた脳も復活する。冷静さを取り戻したアイシャは、ウェスト侯爵へと向け、口上の挨拶を述べる。 「リンベル伯爵家が長女、アイシャ・リンベルと申します。七歳の披露目の誕生日にお越しくださり、心より感謝申し上げます。ささやかな披露目の会ではありますが、お楽しみ頂けると幸いでございます」 「――――私を前に緊張せぬとは。アイシャ嬢、見事であった。七歳の女児には見えぬな。さぞかし、知に長けたお嬢さんなのだろう」 「いえいえ、アイシャはまだまだでございますよ」 「謙遜するでない。噂は聞いている。幼少期から、書物を読み、師の教授なしに我が国の歴史を始め、あらゆる学問を踏破した神童がいると」 「神童だなんて、恐れ多い。昔から、読書が好きな娘でして、書庫に入り浸っている様子を見た誰かが、面白半分に広めた噂でございましょう。ウェスト侯爵家のリアム殿こそ、本物の神童ではございませんか。十歳にして、王太子殿下の側近候補筆頭、うちのダニエルにも見習わせたいものです」 「いやいや、リアムはまだまだ。自分の立場というものをわかっていない。今も一体、どこへ行っていることやら……」  苦虫を噛みつぶしたような渋い顔をするウェスト侯爵を見つめ考える。 (リアムって、確かダニエルお兄さまが言っていたアイツのことよね。神童の名に胡座をかき、まったくやる気を見せない困った坊ちゃん。ウェスト侯爵のあの顔を見る限りでは、中々の問題児らしい) 「おぉ! リンベル伯爵ではないか。久しいな」  父とウェスト侯爵の掛け合いを横で静かに聞いていたアイシャの耳に野太い声が割って入る。その声に、視線を上げれば、青髪に豊かな口ひげを生やした筋骨隆々の大男が立っていた。 (デカっ!!)  まるで熊のような大男の登場に思わず叫びそうになったアイシャは、慌てて口元を両手で覆い叫び声を隠す。 「ナイトレイ侯爵さまではありませんか。辺境の地に視察へ行かれたと聞いておりましたが」 「あぁ、昨日帰って来たばかりだ。何しろ、友の娘の披露目の会だ。馬を飛ばして一人帰って来よったわい」 「えっ!? 辺境の地でございましょう……、また無茶をして」 「そうお小言を言うな。それで、今日の主役は――、そちらのお嬢さんか」  その場に突然しゃがみ、目線を合わせてきた大男に、一瞬たじろいだアイシャだったが、すぐに笑みを浮かべ完璧なカーテシーをとり、挨拶をする。 「アイシャ・リンベルと申します」 「ほぉ、わしの顔を見ても動揺せんか。大したお嬢さんだ。七歳には見えんな」  カッカと笑うナイトレイ侯爵を見て心の中で華麗なツッコミを入れる。 (そりゃ、そこいらの子供と一緒にしてもらっては困る。精神年齢三十路は伊達ではない)  そう、アイシャの精神年齢は七歳ではない。前世の記憶二十九年分を持って、この世に生を受けてしまった子供。つまりは転生者なのだ。  だからこそ、ウェスト侯爵やナイトレイ侯爵の見解は正しい。  よく言えば大人っぽい。悪く言えば、子供らしくない子供。普通の七歳の子女であれば、熊みたいな大男が現れれば萎縮して、泣き出すだろう。何しろ、顔には大きな傷跡があり、片目を眼帯で覆っているのだ。  歴戦の猛者も、彼の前では赤子も同じと恐れられるエイデン王国国軍のトップ。放つオーラーは、絶対的強者のもの。その場にいる者達に畏怖の念を抱かせる。 (ウェスト侯爵といい、ナイトレイ侯爵といい、お父さまの交友関係いったいどうなっているのよ)  エイデン王国の両翼と言われる二人と親しげに話す父を見て、今更ながらにリンベル伯爵家の立ち位置がわからなくなる。 (リンベル伯爵家って……、いったい何なのよおぉぉ)  そんなアイシャの心の叫びに応える者はいない。  
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