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誰にも理解されない絆
二人で商店街を進むと、がやがやとした喧噪と和太鼓などの音楽が大きくなった。道の左右は出店がぎっしりと軒を連ね、ヨーヨーを浮かべた水の張ったビニールプール、ジュースやアルコールの缶が浮かぶボックス、キャラものの袋に入ったわたあめが並ぶ。
お目当てのラムネを見つけると、二人共一本ずつ買って蓋を開けた。喉を流れていく水がぱちぱちと弾けて、山宮はようやく祭りにやって来たんだなという実感が沸いた。瓶の中でカラカラ転がるビー玉を見ていると、夏休みなんだと感じられる。夕陽の暑さが袖から出た腕をじりじりと焼き、マスクのせいで汗を掻いてきた山宮はハンカチを取り出して額を押さえた。そこへ今井が「はい!」と元気よく片手を挙げる。
「次、あたしは金魚すくいやってみたいです! 割と得意なんだよね。昔は朔ちゃんを負かした腕の持ち主なんだから」
得意げに言う今井を見て山宮は嫌な予感がした。自分がそういったことができるような器用さを持っていないことは分かっている。
「俺、やったことねえ。委員長の腕を見る専になるわ」
「何事もチャレンジでしょ。せっかくだから山宮君もやろうよ!」
今井の明るい言葉に誘われ、金魚の浮かぶプールの前に行く。ズボンのポケットから財布を取り出して百円玉を店主に渡すと、ピンクの枠の網を渡された。ポイって言うんだよと今井に囁かれ、二人でしゃがみこむ。すると今井が素早くひょいひょいっと赤と黒の二匹をすくった。
「委員長、早くね?」
「だから、得意なんだって! 山宮君もやってよ」
くすくすと笑う今井に言われて山宮は焦った。もっと委員長の手元を見ておけばよかった──そんなことを考えながら小さな金魚を探していたら、ポイがいつの間にか破れていた。それに気づいた山宮が「あ」と言うと、あははと今井が笑い出した。
「おっかしい! 山宮君、水に浸けてたら破れちゃうよ!」
「あ、そうか。俺、馬鹿じゃね」
あっけない終わり方に苦笑すると、こちらを見ていた店主が鷹揚に笑った。
「兄ちゃん、彼女に尻に敷かれちゃてんなあ」
彼女。一瞬遅れて今井のことを指しているのだと分かり、山宮は適当に言葉を濁してその店をあとにした。二匹の金魚が泳ぐビニール袋をつんつんとつついて今井が言う。
「山宮君って分かりやすいなあ。一応だけど、彼女ってあたしのことだよ」
「委員長、俺が彼氏って言われたら違和感しかなくね?」
すると今井が困ったように眉尻を下げてこちらを見た。
「そんなことないよって言いたいけど、山宮君に嘘は通じなさそう」
正直すぎる返事に山宮が笑うと、彼女もほっとしたように口端をつり上げた。
「でもね、今日来て楽しいって思ったのはホント! 朔ちゃん以外の男子とお祭りに来るのは初めてだけど、山宮君の元気そうな姿が見られてよかった」
「俺、元気なさげだった? 普通じゃね?」
「だって……また罰ゲームさせちゃったし」
今井の声が小さくなったので、二人の間に沈黙が下りる。カランコロンと下駄の鳴る音がした。
前期末の競争科目は体育で、水泳が苦手な山宮は今井に負けた。彼女は体育ならこちらが勝つだろうと思っていたのかもしれない。だが、山宮にとっては成績が負けたことよりも折原に話しかけられることのほうが重要だった。同じ部活の今井は折原と毎日のように話せているだろうが、自分はただのクラスメイトだ。テストの結果が返ってきたときだけ、折原を独り占めできる時間が作れる。それがたとえ相手にされず苦い結果に終わったとしても、自分だけを見て笑顔を浮かべてくれる特別な時間なのだ。
少し俯いた今井をちらりと見やる。
委員長はどう思ってるんだろう。俺が成績で勝って告白するチャンスがないほうが嬉しいのか、それとも告白して玉砕するほうが嬉しいのか。──いや、その考え方はよくない。好きな人が同じ者同士、そういう嫌な感情を持たないための「彼氏彼女」のはずだ。
「まあ想定内の結果だったし」
山宮は敢えてぐっと腕をあげて伸びをした。
「てかさ、罰ゲームに成功したら、俺、二股かけることにならねえ?」
すると今井が「二股!」と噴き出した。
「そっか、あたしが一応『彼女』なんだもんね!」
「だろ。俺が一応『彼氏』って約束だもんな」
今井が明るい表情になったのを見て、ふっと息をつく。彼女は山宮が交流する数少ないクラスメイトの一人で、女子の中では一番距離が近い存在だ。同じ人が好きだという秘密を持った者同士の、きっと誰にも理解されない絆で繋がっている。
(後略)
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