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出発は5日目。俺が皇宮を辞める日の夕方と決まった。 「明日の夕方出発するよ」 そう伝えると、おじさんは「そうか」と下を向く。声が小さい。 なんだよ、出てけって言ったのはそっちだろ。 そう思いながらも、俺がいなくなるのが寂しいんだな、と嬉しくなる。 「手紙、書くから。それに、時々帰ってくるつもりだし」 「・・・うん。 幸せに、なってくれ。 本当は、皇都に居る間、この家に泊まれと言ってやるべきだったんだろうけど・・・。 オレは・・・頭が固いから。とうとう言えなかった。 ・・・だけどそれでも。お前が望んだことを反対するつもりはないからな。 反対はしないけど・・・何かあったら、すぐに帰ってこいよ。 まだまだ世間の目が厳しいのだって現実だ。我慢する必要はないからな。 お前の部屋はそのままにしておくんだから」 ??? おじさんは何を言ってるんだ?? それが・・・なんとなくわかったのは翌日。 同僚の見守る中、料理長に退職の挨拶をした時で。 「サマートは今日までだったなぁ。寂しくなるよ。 家を追い出されると聞いて、イケメンが迎えに来たって? お前、泣いたんだってな。プロポーズされたのか? 一緒に住むんだろう?・・・良かったなぁ」 は?泣いて、た・・・。 くそっ!あの門番かっ!仕事は真面目でもおしゃべりかよっ!! ・・・これか。おじさんの勘違いは・・・。 俺がどう釈明しようかとはくはくしてると。 「なんだ!話題にしてよかったのかよ!おれはまた、デリケートな話かと」 「僕もそう思ってました!なんだぁ。おめでとーございますー」 同僚たちが拍手する。 「なんか、すごかったですよねー。この数日の怒涛の展開?」 「メイドさん達が大盛り上がり―」 「プレゼントもらって嬉しそうだったとか。ふたりで指輪を一生懸命見てたとか」 そんなことしてねぇ・・・あ、あれか。土産物とか見てたやつ。 「相手のぶかぶかの服を着せられてたって?」「独占欲まるだしだったみたいですよ」「おれは見たぜ!サマートは中性的な顔立ちだし、ひょろっとしてるから。ふたり並ぶといい感じだったよー」 いい感じって何がだよ。 「あのイケメン、女性にはにこやかなのに。男の事はみんな睨みつけてたぜ」 「買い物へ行った店で。これからサマートと一緒に住むんだって言ってたそうだな」「なのにサマートは全く話題にしないから、なぁ?」「うん。まだまだ年配者には偏見持つ人も多いもんなー。言っちゃいけないのかと思ってたよ」「なー。ほんと良かった。おめでとう!」 同じ邸に確かに住むんだろうけど。そういう意味で言ってないはずだ。 一緒に勤めるってだけだから。 「サマートが料理を作ってくれるんだ、って脂下がってたらしいぜ」 「食材を買っておいてと言われた、どっちを選んだ方がサマートは喜んでくれるかな、と悩んでたそうだ」 似たようなことを言ったとしても、そんな甘い口調だったはずはねぇ!店員たちもお喋りかっ!妄想癖か! 「毎日帰りにはお迎えに来ててさー」 情報すり合わせのためってだけだ。 「大通りで痴話げんかしてたって?」「えー抱き合ってたって聞きましたよ」 ここ数日、みんな俺を見張ってたのかよ! 「王宮の腐女子に大人気ー」「いやぁ、お幸せにー!」 ・・・いったいどこまでそんなばかな話が広まっているんだよ?! 全部誤解だ。おじさんには・・・釈明を・・・。 俺は食糧庫に居たおじさんを捕まえて。噂は違うんだと繰り返す。 「いいんだ。いいんだよサマート。 料理長にも説教された。 オレは・・・古臭い考えの人間なんだなぁ。それでお前はずっと、恋人の事をオレに言えなかったんだよなぁ。・・・反省してるよ。 第2皇女殿下が居なくなってから初めて、サマートが”料理を作ってやりたい”と言った相手だ。それだけで、俺に反対する理由は無い。 なのに。 それでも納得できてないなんて。俺は本当に狭量だ。・・・すまん。 でも何とか・・・呑み込もうと思ってるから、もう少しだけ待ってくれないか。 今度、一緒に帰ってきてくれる時には、きっと心から祝うから」 あー。 もうこれは・・・何を言っても無駄なヤツ・・・。 しかも。その夕方。 馬車で俺を迎えに来たオレンジ頭に向かって。 すごい形相で、絞り出すようにおじさんが。 「サマートを・・・頼む」そう言った時。 オレンジ頭はすっと姿勢を正し、礼をした。 「はい!必ず。 サマートが一緒に来ると言ってくれて、俺はとても幸せです。 彼の事はきっと守ります。 おじうえには、ご心配をおかけして申し訳なく思ってますが、俺たちは仲良く暮らせると信じてます。 落ち着いたら、彼と一緒に正式なご挨拶に伺います」 他に言いようがあるだろうが! 皇女が嫁す家との”正式な”雇用契約の話だ。 もう少し言葉を選べよ! ”正式な”結婚の挨拶に来るもんだと思われてる! あぁぁぁぁぁぁぁ。   ・  ・ 陽が傾く中を、馬車は急いで進んでる。 もうとっくに皇都は見えない。それなりに速度が出ているのに揺れも最小限。 オレンジ頭は、馬車を(ぎょ)すのに慣れているようだ。 出発の時間が迫って。おじさんになんと言おうかと思ってうるちに。 抱え上げるようにして御者台に乗せられた。まるであの日のように御者台から振り向いて手を振り続けた。 おじさんの目が、光っているように見えた。 「明日の夜は宿に泊まれると思う。明後日は微妙だな。 サマートが野宿でもいいと言ってくれて助かったよ。ほぼ一直線に進めるから、予定よりずっと早く着ける」 オレンジ頭は嬉しそうだ。早く帰りたいらしい。 足元が暗くなる前にそろそろ、と彼は。街道から入り込んだ場所で馬車を停めた。 手早く、野宿の準備が進められる。 ・・・野宿は平気だと言ったけど、やったことがあるわけじゃない。 幼馴染と裏庭に毛布かぶって寝たことがあるくらいだ。 手伝えそうもないな、とさっさと諦めて。俺は夕食の準備を請け負うことにした。 「っ」 ・・・なんだよ。旨いとか、美味いとか。お世辞でも言うとこだろうが。 他国人には、合わない味だったかな、と反省する。しかし、焚火で調理だしな。手の込んだものは作れないしな? 「あの御方が。サマートじゃないと嫌、彼は特別だから。と言い張られた理由がわかったよ。 野営でこんな美味いもの初めて食べた」 ふん、さっさとそう言え!とドヤ顔をしてみせる。・・・そうか。クソガキのやつそんなこと言ってくれたのか。 「サマートは、本当に人たらしなんだなぁ。羨ましいよ」 焚火の向こうに座っている、火と同じ色の髪の男は。すっと表情を無くした。 「その手の男からも好かれそうだよな。無口な性格もそのすらりとした体型も」 揶揄うような低い声は、意地悪のつもりらしいが。 「筋肉がつきにくいんだよ、気にしてんだからほっといてくれ」 ちょっと肩をすくめるだけで、無視した。 「お前、本当に嫌な奴だな。喧嘩を買えよ!文句くらい言え!!」 途端に激昂するのは、結局こいつが真面目だからなんだろう。 あと・・・俺が羨ましいから?こいつは俺の何が妬ましいんだろうな。こんなイケメンのくせに。 「やっぱり。全部わざとか?」 相手は目を落とす。俺は意味もなく火かき棒で火をかき混ぜる。 「・・・いつから気付いてた?」 「確信したのは、最後の挨拶かなー。あれはひどすぎた」はははっと笑うと。 オレンジ頭はすまん、と素直に頭を下げた。 「これが一番、良い手だったんだろ?」 思えば・・・最初から。抱き着かれたり。耳元で囁かれたり。 まるで恋人同士のように見えたはずだ。 ・・・周りを誤解させるようにこいつは動いていたんだな。 「息子同然に育ててもらったからな。おじさんはこの状況じゃなきゃ、何も聞かずに出発させたりしなかったと思う。俺がどこの国へ行くのかすら聞かない、なんて有り得なかった。 ”オレに気遣って、恋人の事を内緒にしていたサマートに。これ以上、いろいろ聞けない。落ち着いたら、きっと教えてくれるはずだから” ・・・そう思ってたと想像できる」 言葉の消えた空間に、ぱちぱちと火のはぜる音が響く。 「・・・俺の迎えに選ばれたのはお前が強いからか?」 さっきの所作から、おじさんは騎士だと気付いただろう。鍛えられた騎士と一緒の旅。これもまた心配を減らして、調べる気を減らす為か? 単に友人と、ある家に勤めると言ってたら。きっと根掘り葉掘り聞かれて。その家の事を調べられてたはずだ。 少しでも接点は無くしたかったんだろう。おじさんは皇女の顔を知ってるから。 「俺は・・・ご結婚後は、あの方の専属護衛になる」 だから選ばれたというわけか。 そして・・・。でも俺を妬む原因にお前は自分で気付いてないんだな。 「この作戦は確かに無難だったかもなー。 お陰で俺の皇都での結婚は、望み薄になったけど」 仕方ないと納得できたはずなのに、出た声は唸るように低かった。はは。 だめだだめだ、俺がムカつくべきは皇女だ。こんなバカな事頼んだの、きっとあいつだもの。 「・・・お前ってすごいな。 俺だったらブチ切れてる。・・・サマートは肝が据わってるし、寛大だ」 褒められてもうれしくねーよ! 男に好かれる?そういうの否定はしないけど。俺は女性が好きなんだよ。 性格変えてやる。それに体を鍛えて・・・いや、太ってやる! ふぅぅぅぅぅう!と深呼吸する。さっきの嫌味の分だけでも、やっぱりその綺麗な顔を殴らせろ。 「本当に悪かった。 でも、今の段階では。もしもの時、あの方が連れ戻される可能性があった」 ご結婚後であれば、また少し違ったのに。そうオレンジ頭は愚痴る。 サマート()のほうのタイミングに合わせるのだと皇女はきかなかったらしい。 ちょっと怖いな。俺、阿呆坊ちゃまとやらにも妬まれたりするんじゃないだろうな。あんの、阿呆皇女め。 ほ――――、と梟の声がして。 ・・・オレンジ頭は、いつもの調子を取り戻したようだ。 にやっと笑うと。 「こんなに長く、女断ちしたのは初めてだ。 まさか、サマート(恋人)を迎えに来た役なのに、こっそり女給を口説くわけにもいかなかったからな。 俺は必死に我慢した!・・・それで許してくれないか?」 最低だな、こいつ! 相手はいつの間にかすっかり皿を空にして。すっとお代わりを要求しやがる。俺はそこへまたシチューを注いだ。 くつくつと笑う相手は、礼とともに失礼な言葉を吐いた。 「ありがとう。 なぁ、サマート。 お前、貧乏くじを引くように運命づけられてるみたいだな?」 ああそうだな! 皇女に会ったあの時から。俺自身もずっとそう思ってるさ!
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