畑へ

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畑へ

その日。 俺は、食糧庫の在庫を確認していた。 皇宮の料理人たちは、晩餐づくりで戦々恐々としている時間帯。 今夜の晩餐の責任者はおじさんだ。メインが焼きあがった頃かなぁ。 毎食ごとの、食事作りの責任を任された者は。 その食事の準備のために、ひとつ前の食事の準備には関わらないこと、とされている。 つまり。 明日の朝食作りは俺が中心で作る。だから今夜の晩餐には関われない。 はぁぁ! 誰もいないからつい。大きくため息が出る。 大分、年上の料理人に指示するのにも慣れた・・・けど。 実力主義の料理人たちとは言え”年下のくせに”という、彼らの不満が見えないわけじゃ無くって。 明日の早朝の当番も、見習いとはいえ俺より年上だったな。 朝食の献立をもう一度確認して・・・。いくつか、野菜を補充しておこうと決めた。 朝からバタバタするのは好きじゃないし。 早朝当番が見落としたりしたら、叱らなければならなくなるのが・・・面倒だった。 「うおっ!」 声が出た。かなり怯えた声が出た。くそっ。 入口に人影。驚くだろうが!声かけろよ! いつもとは違う時間、夕方にやってきた皇女は。 珍しくたったひとり。 ・・・護衛の猫もいない。 もうすぐ晩餐だろ?何でここに居るんだ。 皇女は、何も話しかけてこない。 ・・・俺もまた、言おうとした言葉を引っ込める。 食糧庫をもう一度、くるりと確認する。 何を取りに行こうとしてたか、びっくりして忘れちまったじゃねぇか! 「足りない材料を畑まで取りに行くけど、一緒に行くか?」 皇女は黙ったまま頷いて、籠を抱えた俺についてきた。   ・ 皇女は畑には入らずに。あぜ道の花をぼんやりと眺めている。 俺も黙々と。籠の中身を増やしていく。 土の中の野菜、土の上の野菜。 ソースに使うつもりの果物は、熟れ過ぎている物から。 「ね、見てサマート」 ずっと黙っていたクソガキ皇女は、やっと後ろから声をかけてくる。 辛そうな声だな。いったい何があったんだよ。 畑の端に立つ皇女を見ると、持っていたのはカイザイクのつぼみ一輪。 誰かが植えたのか、種が運ばれてきちまったのか。去年からこの辺に見かけるようになった花だ。 「見ててね」 悲しそうに繰り返す皇女の。 持っているつぼみがふるっと揺れたと思うと。 ・・・それは開き・・・今を盛りと咲き誇った。 この花は、白い部分が花びらだと思われているが、実は違って。 本当は真ん中の黄色いところが花なのだという。 「へぇ。便利な魔法だな。 ”何とかいう外国の特使が来るから、何とかいう花を食卓に用意しろ” なんて真冬に言い出す阿呆官吏が、また厨房に来たら。花を咲かせてもらえるか?」 にやっと笑った俺の言葉に・・・クソガキもくすりと笑う。 「この魔法を見て、言うことはそれなの? やっぱりサマートって変よね。 ・・・でも。 これでもまだ笑っていられる?」 表情をなくした皇女は花を見つめ。カイザイクの花は見る間に・・・。 枯れた。 「時間経過の魔法じゃないのよ。命の・・・やり取り」 ・・・。 だから何だ。 「平民の俺に、魔法が使えると威張っているつもりか? ばかばかしい。 俺だって2日ももらえれば、花くらい枯らしてやれる」 「サマートは・・・わたしが怖くないの?! 花を咲かせるためにあげた力を。少し余分に返してもらったら花は枯れちゃうのよ? この(ちから)は・・・人にも使えるかもしれないのよ?」 そんな震える声のクソガキが。怖いはずないだろう。 俺の心の声が聞こえたのか、皇女はぽつりと言葉を落とした。 「わたしは。自分が怖いわ」 そろそろ、厨房は一段落するころだ。 俺はしゃがみ込み、作業を続けている振りをしながら。それでも皇女から眼を逸らさない。俺はお前が怖くなんかない。 「・・・さっき、お父様に呼ばれたの。 隣国の王太子殿下との婚約が調いそうなんだって」 その声は凄く小さくて。 おい、それもまた。俺が聞いてはいけない話じゃないのか? ふふっと皇女は笑う。もう遅いわね、言っちゃったわ。 お前なぁ・・・。俺は首が体から離れるのはまっぴらなんだぞ? 「隣国では・・・他国から正妃を迎えた時には、必ず国内から側妃を娶ると決まっているんだって」 国内貴族の反発を抑えるための決まりだろうな。上つ方というものは大変だ。 庶民は普通、一夫一妻。・・・父さんと母さんは仲が良かったっけ。 「・・・サマートのご家族は、素敵ね」 勝手に思い出まで覗くんじゃねぇ! 「わたしの読んだ物語では、ひとりの王子様にふたりの女性がいると喧嘩のもとだったわ。 ・・・わたし、焼きもちを焼いたりすると思う? 人を好きになると、すごくバカなことでも平気でするものなんでしょう? わたしは・・・。 誰かをすごく好きになったり、誰かをすごく嫌うことが・・・怖いわ」 皇女は、ぎゅっと自分を抱きしめた。
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