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”我が家”で
「なぁサマート。お前・・・店を持つ気は無いか?」
久しぶりに、おじさんと休みが重なった日の前夜。
「朝まで付き合え!」
とおじさんはワインを何本もテーブルに並べたから。
あぁ、俺とゆっくり話したいんだなとは思ってた。
「何か酒の肴を作ってこい」と言われて覗いた台所には、すでにトーフが用意してあって。
これは皇家のレシピで・・・家で食べるなんてダメなんだぞ。料理長もグルかよ。
そう思いながら、こっそり隠し持っているしゅーおゆを取り出して、ひややっこを作った。薬味をのせるだけの簡単レシピだ。
グラスへ白ワインを注いでもらいながら。
「無いよ」ただそう返す。店など持っても俺にはやっていけない。
おじさんは、じっと皿を見て。
「皇族のレシピとはいえ、貢献したお前が使いたいと言えば。
許可は出るはずだ。
・・・もちろん、すべてとはいかないが。
このトーフひとつ認めてもらえるだけでも、いくつもの料理を生み出せる」
そう言うけど。
俺はただ、黙って首を横に振る。
「第2皇女殿下の功績を知らしめるためだとしてもか?」
おじさんは言い募る。
俺には、クソガキの顔が浮かぶ。
「・・・多分、殿下はそれを望まない」
おじさんは、説得方法を間違えたな、とグラスを呷った。
ふぅぅぅぅぅぅ、と長いため息。
「お前は。・・・あの頃楽しそうに料理を作ってた。
家では、殿下は面倒くさいんだなんて不敬なことを漏らしながらも。
いつだって楽しそうだった」
そんなことないよ、と口を挟むけど。ふんと鼻で笑われる。
・・・おじさんには敵わない。
「だから、お前が・・・やる気が出ないでいることは、わかる気がしてる。
だけど。
だけどなぁ。皇女殿下が亡くなって、もう数年が経つんだぞ?
そろそろ、お前オリジナルのレシピを考えてもいいだろう?」
ある程度の料理人として認められるためにも。たとえ、ちょっとしたアレンジ程度だとしても。
オリジナルのレシピを考えるのは、常識のようなものだ。
でも、俺にはできなくて。
その事実におじさんや料理長がやきもきしてることは知ってる。
でも。俺には・・・もうできないんだ。
あの試行錯誤の楽しさは。あの第5厨房でしか、出来ない。
おじさんは、自分でワインを注ぐと。すぐにまた、ぐっと飲み干す。
「ペース、早すぎるよ」それほど強くも無いくせに。
うん・・・。そう返事だけして、おじさんは今度は赤ワインを注いだ。
そのグラスは鏡のようにおじさんの顔を映してる。
「オレは・・・オレはなぁ。お前がこの瞳を褒めてくれて嬉しかったんだ」
?
父さんと同じ色の、その瞳にはいつも安心してるけど・・・口に出して褒めたりしたっけ?
ふっとおじさんは笑う。
「覚えてないよなぁ。3歳の時に会ったって言っただろ?
サマートはその時、父さんと同じ空の色だ。綺麗だねって言ってくれたんだよ。
お前ももう知ってるだろう?皇都では、違う髪色も、瞳もあまり良しとされない。高位貴族が嫌うから、商人も嫌うんだよ。
だからオレは。あの時嬉しくってなぁ・・・」
なんだか恥ずかしくなったのか、おじさんはまたもグラスを呷った。
「・・・お前がひとりになったと聞いて。
オレは最初っから、ここへ連れて帰ると決めてた。
・・・今では・・・無理やりに連れてきて悪かったと思ってる。
あのまま、あの村に居た方がお前のためだったかもしれない」
幼馴染たちはみんな結婚した。子どもが生まれたやつもいる。
あすこに残っていたら、俺も今頃、所帯を持っていたんだろうか。
おじさんは、トーフをスプーンで掬いあげる。ふるふると揺らしてから口に入れた。
皇女は”トーフはスプーンでは食べないのよ”と言っていたっけ。
この崩れやすいものをどうやって棒2本で食べるのか、今もって俺にはわからない。
俺がちびりと白ワインに口をつけると。
「オレには。
サマートに謝りたいことがたくさんあるんだ」おじさんはうなだれて呟く。
「料理の修業が厳しすぎたこと?」笑って言ってみるけど。
それは全く思ってない、と真顔で返される。
あんなに厳しいのに?まだ、今でも時々叱られるぞ?
「まず、学園へやらなかった事。同じ年齢の子たちと交流をさせなかった。
皇都へ来て、幼馴染と今までのように会えなくなったんだから。・・・ここでも友人を作らせるべきだったのに。
オレは自分が嫌な思いをしたから、どうしてもサマートを学園へやるのが怖かった。
オレはお前を囲い込んでしまった」
おじさんはまたグラスを持ち上げるけど、ゴクリ。とひとくちだけでテーブルに置くから、ちょっとほっとする。
「・・・いつだったか、周りを見ろと言ったことも謝りたい。
サマートは良く周りを見てるのに。
お前は優しすぎるんだ。
優しいからいろいろ気付いて、自分の事のように思い悩んでしまう。
だから、気付いてないふりをしてしまうんだな」
「そんなことない」誰の話だ?
「おじさんは俺を買いかぶり過ぎてる。そういうの、親ばかっていうんだ」
ぽろっと漏れた俺のセリフを。
おじさんは嬉しそうに繰り返した。
「親ばか・・・そうか・・・そうか、オレは親バカか」
頬杖つく顔はもう真っ赤だ。
飲み過ぎだ。
「なぁ、サマート。
どうしてお前はもう、新しい料理を作ろうとしないんだ?
・・・お前は、殿下が亡くなったことを。自分のせいのように思ってないか?」
おじさんは少し考えこむ。
「殿下とお前が、有難くも気が合ったのは知ってるが・・・。ええと。
どうしてお前が、担当者に選ばれたんだったっけな・・・」
記憶が混乱してるらしく、おじさんはこめかみに指を充てる。
ほうらな、飲み過ぎだよ・・・。
ええと、と悩むおじさんの目は凄く遠くを見ていて。
・・・これって、もしかして。
聖獣の魔法のせい?それとも皇女の?
皇女と会ったばかりの頃、周りの料理人はまるで関心が無い事のように俺を厨房へ送り出していたっけ。おじさんだって知らん顔してた。
あれは・・・今から考えれば不思議な態度だった。
ん-。
思い出すのは諦めたのか、ぐいっとおじさんはまたグラスを呷る。
ちょっと頭を振って。
「殿下はご病気だったそうだが。
いくらちょくちょくとお会い出来ていたとはいえ、料理人のお前がその兆候に気付けたはずは無いんだぞ?」
サマートが気にすることではないはずだ、と呟いてくれた。
俺がそんな風に気にしていると・・・ずっと考えてくれていたんだな。
「お前が自分の評判を落としてしまったことを。殿下はきっと悲しんでくださる」
・・・。
幼い皇女が、いくつもの新しい料理を提案できるとはみんな思ってなかった。
つまりあのレシピは、俺の。専属料理人の俺の手柄だと思われていた。
・・・だけど、もうずっと。俺はなにひとつ、新しいものを作らない。
やっと。クソガキは天才だったのだと・・・みんなが認め始めてる。
「俺には、何にも作れない。
店を始める気も無い」
くっ。くくく・・・。ははは。
そんな風に、おじさんは笑い始めて。
「それなら仕方がない。お前をこの家から追い出す」
は?
固まる俺に。おじさんは真っ赤になった顔でにやっと笑った。
「修行の旅に出てこい。この国をめぐるのでもいい。他国へ行ってみてもいいぞ。身分証ならもう用意してある。
ひと月後には追い出すから、荷物をまとめろよ」
「いきなり、何を言い出すんだよ。いまさら俺を捨てるのか?」
言ってしまってから、恥ずかしくなる。
こういうとこ、おじさんと似てるよな、俺。
おじさんは立ち上がってしまった俺の頭を撫でるために、立ち上がる。
ふらついてる。気を付けてくれ。
「子離れする気に、やっとなれただけだよ。
・・・料理以外でもいい。サマートがやりたいと思えることを見つけてこい。
な?
オレは・・・ずっとここで帰りを待ってるから」
子ども扱いするな。
口を開けば、泣きそうで。そんな文句も言えなかった。
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