8人が本棚に入れています
本棚に追加
皇城の通用口で(終話)
「サマートは旅に出る。準備もあるから来週ここを辞める」
はぁ?!
ふたりして、二日酔いで寝込んだ日の翌日。
料理長へ、朝一番にそう言われて。
いや、俺はまだ納得してねぇ。おじさんの暴走を止めてくれ!
・・・と叫ぶ前に、料理長から了承されてしまった。
「よし、わかった!
たくさん修行して、料理を好きになって帰って来いよ。また雇ってやるから。
あ、もちろん試験は受けさせるがな」
雇うのは、料理長じゃねぇだろ!
このオヤジふたりも仲がいいんだ。他に誰もいないからってタメグチだ。
「・・・ちょっと早く来すぎました。就業の時間まで散歩して来ます」
やっぱり料理長もグルだったな、と睨みながら立ち去る俺に。
「あぁ、報告してこい」
って返事。・・・どこへ行くのかバレてる。
本気でふたりとも、俺を辞めさせたいんだなぁ・・・。
・
皇族方の眠る場所は、皇都の北東にあって。歴史の長い我が国ならではの広大な敷地に。質実な、けれど美しい墓が並んでいる、という。
これも。家庭教師の雑談。
・・・そこに葬られていたら、文句を言いに行くことは出来なかった。
皇宮の一番北のはし。いびつな形の、それでも広い裏庭は、使用人の出入りが許された場所。反対に、皇宮に関係ない人間は入れない。
ランチを食べたり、仮眠をとったりする官吏も多い。
花壇、ベンチに四阿に、と。それなりに整備されているのは、新人庭師の練習場も兼ねているから。今度の新人はセンスがいい。伸びる小道は同系色の小さな花で彩られていた。
・・・その道の奥には。
ひっそりと墓地があって。皇族方が参れるように、皇宮から突き出た通路も作られてる。
早逝した皇子皇女はここに葬られるんだ。
皇族として公務をしてこそ、皇族として葬られる。子どもには大きな葬式も大きな墓も不要。確かそんな建前だと習った。
本当は何代目かの皇后が、小さな皇子をひとり。遠くの墓地に居させたくないと言ったことが始まりだそうだ。・・・どっちかというと、この説の方が家庭教師の創作かもなと思うけど。
皇宮に勤めている者は、この墓地へ近づくことが見逃されてる。
皇子皇女が寂しがらないように、と。参ることを許されてる。
一番、新しい墓。
”よぉ。ばか皇女”
毎回来るたびに、書いてある名前に向かって罵倒してる。
”白い花が増えてるな”
毎回来るたびに、たくさんの花が供えられてる。
この花を見てると。皇女が亡くなった時、みんなが変だったと、思い出す。
ここへやってきて、めそめそ泣いてる侍女やメイドを見かけたのも。花を供えに来る騎士が、順番待ちして並んでたのも。
皇女が亡くなってひと月は経ってからだった。
・・・もっとたくさんの人間が、もっと悲しんでいたはずなんだ。
なのに、みんな。代わりのように芙蓉様の結婚を祝ってた。
鎮魂の鐘は毎年、発表されたあの日に鳴らされてる。
なのに、当日には鳴らなかったのも不思議だ。
こうやって。ここへ立ち尽くしてる俺を。おじさんは何度も迎えに来てくれた。仕事に遅れた時にも、料理長は「減給しておく」というだけで怒鳴らなかった。はは。短気な料理長にはかなり珍しい。
ここに勤め続けること、それが俺に良くないと。ふたりは判断したんだなぁ。
”けど。なら俺は。
どこへ行けばいい?
何をしようか。
・・・結局、いまだに嫌いな料理くらいしか、出来ることも無いな”
サマートってほんとに変よね。
笑う皇女は幼いままで。
・・・心の奥底まで覗かれたら、俺だって嫌だったかもしれない。
けど俺は・・・村育ちだから。人との距離は近かった。
母親って簡単に子どもの気持ちを読むんだ。それを隣のおばさんも、幼馴染の母親もばぁちゃん達もやるんだ。
誰もが俺の事を知っていて。誰もが俺が悪戯をしようとする顔に気付く。
それが当たり前だったから。
俺が強く感じる気持ちを読まれても。あの頃は当然としか思ってなかった。
こうやって考える時間が出来て。確かに変だったよなと思うだけ。
墓以外の未練はない。
だからこそ、ここに居るべきじゃないのかもな。
・・・どこかへ、行ってみようか。
・ ・ ・
あと5日で。皇宮の料理人を辞める。
それから、荷造りをしようと思う。
どこへ行くかを決められないから、持っていく服も決まらない。
暑いところへ行こうか。寒いところへ行こうか。
「サマート、面会人が来てるそうだ。通用口、商人らしい。どうする?」
声をかけられたのは、早番だったからもう帰ろうとしてる時で。
担当していた商人とのやり取りは、引継ぎを済ませたが。
・・・何か問題でもあったかな。
「どうせもうすぐ帰るとこだった。行ってみるよ」
使用人の通用口へ来ているということは、何か問題があったとしても大げさにする気は無いという事だ。
向こうの不手際を胡麻化してほしいという話かもしれない。それなら、こちらの有利を引き出せることもある。
門番は、内側で待っていてくれたが。面会などに使う小部屋には誰もいない。
「外で待たせてる。
・・・商人というには、鍛えすぎてるんだ。
傭兵も兼ねて世界をめぐるやつもいるからなぁ。と思って連絡したけど。
知り合いじゃなかったら言ってくれ。一緒に外に出よう」
怪しげな奴を皇城の中へ入れることは出来ない。
真面目な門番は、きちんと仕事をしている。
礼を言い、彼が頑丈な扉を開けてくれるのを待った。
扉から少し離れて、向こうを向いて立っている男の髪はオレンジ色。
この国の人間じゃないな。
こんな目立つ髪色の知り合いなどいない。
単に人違いなのか、こいつが不審な人物なのか。
一応行商人の服装をしてるから、はっきりしないうちは、悪い態度はとれないな。商人はにこやかに人の足元を見やがるから。
門番はわざと音を立てて扉を閉め。
その音に、オレンジ頭は振り向いた。・・・うんやっぱり。こんなイケメン知らねぇや。
背は俺と同じくらいだが、筋肉量が違う。
体幹が良すぎるだろ。騎士か?まさか貴族か?
俺がそう混乱している時。
相手は俺の、父譲りの瞳を覗き込んでいた。
「よぉ、サマート!
随分と久しぶりだが、お前は変わらないな!」
俺が返答するより早く、俺に抱き着いてくる。はあ?!
「頼む、話を合わせてくれ」
小さく囁かれたその真剣な口調に・・・なぜか頷いてしまった。
「あぁ。何年振りかな。
随分、がっしりしたんだな、誰かと思ったぜ」
「各国をめぐる行商は命懸けだ。
それなりに剣を使えるようになったんだぜ」
満面の笑顔、怖ええ。イケメンが笑うと迫力がある。
門番は、警戒を解いたようだった。
俺は商人との交渉もしているし。男爵家とはいえ、さかのぼれば貴族だ。
他国の知り合いが居ることもあるだろうと、思ってくれたようだ。
軽く頷いて、門の外すぐのところにある椅子を勧めてくれた。
休憩用だろうか、いくつかの椅子にテーブルが一直線に並んでる。
・・・仕方なく、オレンジ頭と隣り合って座る。
「仰ったとおり。随分と肝の据わった男だな」
門番から離れたせいか、こそりとイケメンは言ってくる。
仰った?のは誰なんだろう。おじさんの知り合いなんだろうか。男爵家の関係者?
「幼馴染からの手紙を預かって来たぞ!」大きな声に。
こそりと「お預かりしてきた」と小さな声。
出されたのは封筒。あんまり上等でもない紙だな。
「正直言って、助かった。教えていただいた手段だったけれど。
俺のことなど知らないと言われたら、俺は捕まっていたからな」
また小さな声は、安堵をにじませていて。ふう、とイケメンは息を吐いた。
だよなー。こんな阿呆な作戦、誰が考えたんだよ。
にこにこと笑顔を振りまくイケメンは。近くで見ると目が笑ってない。
・・・嫌な予感がする。封筒はきっと開けない方がいい。
ゆっくりと開けてしまった封筒は。中の紙もまた、あまり上質なものじゃなくて。
走り書きもまた、あまりきれいな字じゃなかった。
・・・左手で。書きやがったな。
【サマート。
わたしね。結婚が決まったの。
来てくれない?
あのサンドイッチが食べたいのよ】
手紙に書いてあるのは、この文章とへたくそな白猫?の絵だけ。
どうしてこれだけで。生きてやがったんだと吞み込めたのか。自分でも不思議だ。
・・・お前、一応皇女だろ。
お前、死んだことになってんのに。皇宮に手紙なんか出すんじゃねえよ。
こんな重大なことを知った俺は、命の危機なんじゃねぇか?
また余計なことを教えやがったな。あんの!阿呆皇女!
・・・オレンジ髪の男の。腰に履いてる剣につい目が行く。
これ断ったら、俺。首と体が離れるんじゃねぇよな?
あの頃のような心配を・・・させんじゃねぇよ。
クソガキめ。
人の迷惑ってもんを考えやしねぇんだから。
・・・お前、ちっとも変わらないんだな。
俺が手紙をぎゅっと握りつぶすと。
イケメンは、俺から目をそらし。
「一応言うが、知らせなかったのはお前のためだと仰っていた」
そう呟いた。
「手紙の返事はいらない。ひと月後に迎えに来る。それでいいか」
そう言うイケメンの声音には、さっきまでなかった親しみが出ている?
そうか。お前もあいつに振り回されてるんだな。
阿呆な作戦は、阿呆皇女の仕業か。
「いや」と答える自分の声は濡れていて。
・・・生きていてくれたことが、嬉しいんだなぁ。とため息をついてしまった。
「あんたはいつ帰るんだ」
オレンジ頭は少し遠い眼をする。
「こちらで食材を買って来いと頼まれている。
・・・すでにいくつか探してみたが。まるで分らなかった。
ひと月後に一緒に帰ることになるかもしれない」
はは。あの食いしん坊に、このイケメン、やっぱり振り回されてやがる。
「結婚すんのはあんたか?」
「まさか!俺の主人・・・の息子だ」
?なんか気になる言い方だな。
頼まれた食材を聞く・・・おい待て。
なんだよこの種類に、この量は。
・・・俺。向こうへ着いた途端にこき使われる確定じゃないか?!
あいつ・・・知ってて。このタイミングで俺を呼んだのか?
くそう。
おじさん、料理長。ちょっと俺、いろいろ作りに行ってくるよ。
それを言うことは出来ないけど・・・。
前向きに旅に出る気になったと思ってくれるだろう。
ふっと自嘲した俺は。オレンジ頭のイケメンへ言う。
「食材の調達は任せてくれ。
・・・そうだな。6日目の朝には出発できるだろう」
待ってろよ、クソガキ皇女。
好きなもんを好きなだけ作ってやるから。
最初のコメントを投稿しよう!