皇城の通用口で(終話)

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皇城の通用口で(終話)

「サマートは旅に出る。準備もあるから来週ここを辞める」 はぁ?! ふたりして、二日酔いで寝込んだ日の翌日。 料理長へ、朝一番にそう言われて。 いや、俺はまだ納得してねぇ。おじさんの暴走を止めてくれ! ・・・と叫ぶ前に、料理長から了承されてしまった。 「よし、わかった! たくさん修行して、料理を好きになって帰って来いよ。また雇ってやるから。 あ、もちろん試験は受けさせるがな」 雇うのは、料理長じゃねぇだろ! このオヤジふたりも仲がいいんだ。他に誰もいないからってタメグチだ。 「・・・ちょっと早く来すぎました。就業の時間まで散歩して来ます」 やっぱり料理長もグルだったな、と睨みながら立ち去る俺に。 「あぁ、報告してこい」 って返事。・・・どこへ行くのかバレてる。 本気でふたりとも、俺を辞めさせたいんだなぁ・・・。   ・ 皇族方の眠る場所は、皇都の北東にあって。歴史の長い我が国ならではの広大な敷地に。質実な、けれど美しい墓が並んでいる、という。 これも。家庭教師(せんせい)の雑談。 ・・・そこに葬られていたら、文句を言いに行くことは出来なかった。 皇宮の一番北のはし。いびつな形の、それでも広い裏庭は、使用人の出入りが許された場所。反対に、皇宮に関係ない人間は入れない。 ランチを食べたり、仮眠をとったりする官吏も多い。 花壇、ベンチに四阿に、と。それなりに整備されているのは、新人庭師の練習場も兼ねているから。今度の新人はセンスがいい。伸びる小道は同系色の小さな花で彩られていた。 ・・・その道の奥には。 ひっそりと墓地があって。皇族方が参れるように、皇宮から突き出た通路も作られてる。 早逝した皇子皇女はここに葬られるんだ。 皇族として公務をしてこそ、皇族として葬られる。子どもには大きな葬式も大きな墓も不要。確かそんな建前だと習った。 本当は何代目かの皇后が、小さな皇子をひとり。遠くの墓地に居させたくないと言ったことが始まりだそうだ。・・・どっちかというと、この説の方が家庭教師(せんせい)の創作かもなと思うけど。 皇宮に勤めている者は、この墓地へ近づくことが見逃されてる。 皇子皇女が寂しがらないように、と。参ることを許されてる。 一番、新しい墓。 ”よぉ。ばか皇女” 毎回来るたびに、書いてある名前に向かって罵倒してる。 ”白い花が増えてるな” 毎回来るたびに、たくさんの花が供えられてる。 この花を見てると。皇女が亡くなった時、みんなが変だったと、思い出す。 ここへやってきて、めそめそ泣いてる侍女やメイドを見かけたのも。花を供えに来る騎士が、順番待ちして並んでたのも。 皇女が亡くなってひと月は経ってからだった。 ・・・もっとたくさんの人間が、もっと悲しんでいたはずなんだ。 なのに、みんな。代わりのように芙蓉様の結婚を祝ってた。 鎮魂の鐘は毎年、発表されたあの日に鳴らされてる。 なのに、当日には鳴らなかったのも不思議だ。 こうやって。ここへ立ち尽くしてる俺を。おじさんは何度も迎えに来てくれた。仕事に遅れた時にも、料理長は「減給しておく」というだけで怒鳴らなかった。はは。短気な料理長にはかなり珍しい。 ここに勤め続けること、それが俺に良くないと。ふたりは判断したんだなぁ。 ”けど。なら俺は。 どこへ行けばいい? 何をしようか。 ・・・結局、いまだに嫌いな料理くらいしか、出来ることも無いな” サマートってほんとに変よね。 笑う皇女は幼いままで。 ・・・心の奥底まで覗かれたら、俺だって嫌だったかもしれない。 けど俺は・・・村育ちだから。人との距離は近かった。 母親って簡単に子どもの気持ちを読むんだ。それを隣のおばさんも、幼馴染の母親もばぁちゃん達もやるんだ。 誰もが俺の事を知っていて。誰もが俺が悪戯をしようとする顔に気付く。 それが当たり前だったから。 俺が強く感じる気持ちを読まれても。あの頃は当然としか思ってなかった。 こうやって考える時間が出来て。確かに変だったよなと思うだけ。 (お前)以外の未練はない。 だからこそ、ここに居るべきじゃないのかもな。 ・・・どこかへ、行ってみようか。   ・  ・  ・ あと5日で。皇宮の料理人を辞める。 それから、荷造りをしようと思う。 どこへ行くかを決められないから、持っていく服も決まらない。 暑いところへ行こうか。寒いところへ行こうか。 「サマート、面会人が来てるそうだ。通用口、商人らしい。どうする?」 声をかけられたのは、早番だったからもう帰ろうとしてる時で。 担当していた商人とのやり取りは、引継ぎを済ませたが。 ・・・何か問題でもあったかな。 「どうせもうすぐ帰るとこだった。行ってみるよ」 使用人の通用口へ来ているということは、何か問題があったとしても大げさにする気は無いという事だ。 向こうの不手際を胡麻化してほしいという話かもしれない。それなら、こちらの有利を引き出せることもある。 門番は、内側で待っていてくれたが。面会などに使う小部屋には誰もいない。 「外で待たせてる。 ・・・商人というには、鍛えすぎてるんだ。 傭兵も兼ねて世界をめぐるやつもいるからなぁ。と思って連絡したけど。 知り合いじゃなかったら言ってくれ。一緒に外に出よう」 怪しげな奴を皇城の中へ入れることは出来ない。 真面目な門番は、きちんと仕事をしている。 礼を言い、彼が頑丈な扉を開けてくれるのを待った。 扉から少し離れて、向こうを向いて立っている男の髪はオレンジ色。 この国の人間じゃないな。 こんな目立つ髪色の知り合いなどいない。 単に人違いなのか、こいつが不審な人物なのか。 一応行商人の服装をしてるから、はっきりしないうちは、悪い態度はとれないな。商人はにこやかに人の足元を見やがるから。 門番はわざと音を立てて扉を閉め。 その音に、オレンジ頭は振り向いた。・・・うんやっぱり。こんなイケメン知らねぇや。 背は俺と同じくらいだが、筋肉量が違う。 体幹が良すぎるだろ。騎士か?まさか貴族か? 俺がそう混乱している時。 相手は俺の、父譲りの瞳を覗き込んでいた。 「よぉ、サマート! 随分と久しぶりだが、お前は変わらないな!」 俺が返答するより早く、俺に抱き着いてくる。はあ?! 「頼む、話を合わせてくれ」 小さく囁かれたその真剣な口調に・・・なぜか頷いてしまった。 「あぁ。何年振りかな。 随分、がっしりしたんだな、誰かと思ったぜ」 「各国をめぐる行商は命懸けだ。 それなりに剣を使えるようになったんだぜ」 満面の笑顔、()ええ。イケメンが笑うと迫力がある。 門番は、警戒を解いたようだった。 俺は商人との交渉もしているし。男爵家とはいえ、さかのぼれば貴族だ。 他国の知り合いが居ることもあるだろうと、思ってくれたようだ。 軽く頷いて、門の外すぐのところにある椅子を勧めてくれた。 休憩用だろうか、いくつかの椅子にテーブルが一直線に並んでる。 ・・・仕方なく、オレンジ頭と隣り合って座る。 「仰ったとおり。随分と肝の据わった男だな」 門番から離れたせいか、こそりとイケメンは言ってくる。 仰った?のは誰なんだろう。おじさんの知り合いなんだろうか。男爵家の関係者? 「幼馴染からの手紙を預かって来たぞ!」大きな声に。 こそりと「お預かりしてきた」と小さな声。 出されたのは封筒。あんまり上等でもない紙だな。 「正直言って、助かった。教えていただいた手段だったけれど。 俺のことなど知らないと言われたら、俺は捕まっていたからな」 また小さな声は、安堵をにじませていて。ふう、とイケメンは息を吐いた。 だよなー。こんな阿呆な作戦、誰が考えたんだよ。 にこにこと笑顔を振りまくイケメンは。近くで見ると目が笑ってない。 ・・・嫌な予感がする。封筒はきっと開けない方がいい。 ゆっくりと開けてしまった封筒は。中の紙もまた、あまり上質なものじゃなくて。 走り書きもまた、あまりきれいな字じゃなかった。 ・・・左手で。書きやがったな。 【サマート。 わたしね。結婚が決まったの。 来てくれない? あのサンドイッチが食べたいのよ】 手紙に書いてあるのは、この文章とへたくそな白猫?の絵だけ。 どうしてこれだけで。生きてやがったんだと吞み込めたのか。自分でも不思議だ。 ・・・お前、一応皇女だろ。 お前、死んだことになってんのに。皇宮に手紙なんか出すんじゃねえよ。 こんな重大なことを知った俺は、命の危機なんじゃねぇか? また余計なことを教えやがったな。あんの!阿呆皇女! ・・・オレンジ髪の男の。腰に履いてる剣につい目が行く。 これ断ったら、俺。首と体が離れるんじゃねぇよな? あの頃のような心配を・・・させんじゃねぇよ。 クソガキめ。 人の迷惑ってもんを考えやしねぇんだから。 ・・・お前、ちっとも変わらないんだな。 俺が手紙をぎゅっと握りつぶすと。 イケメンは、俺から目をそらし。 「一応言うが、知らせなかったのはお前のためだと仰っていた」 そう呟いた。 「手紙の返事はいらない。ひと月後に迎えに来る。それでいいか」 そう言うイケメンの声音には、さっきまでなかった親しみが出ている? そうか。お前もあいつに振り回されてるんだな。 阿呆な作戦は、阿呆皇女の仕業か。 「いや」と答える自分の声は濡れていて。 ・・・生きていてくれたことが、嬉しいんだなぁ。とため息をついてしまった。 「あんたはいつ帰るんだ」 オレンジ頭は少し遠い眼をする。 「こちらで食材を買って来いと頼まれている。 ・・・すでにいくつか探してみたが。まるで分らなかった。 ひと月後に一緒に帰ることになるかもしれない」 はは。あの食いしん坊に、このイケメン、やっぱり振り回されてやがる。 「結婚すんのはあんたか?」 「まさか!俺の主人・・・の息子だ」 ?なんか気になる言い方だな。 頼まれた食材を聞く・・・おい待て。 なんだよこの種類に、この量は。 ・・・俺。向こうへ着いた途端にこき使われる確定じゃないか?! あいつ・・・知ってて。このタイミングで俺を呼んだのか? くそう。 おじさん、料理長。ちょっと俺、いろいろ作りに行ってくるよ。 それを言うことは出来ないけど・・・。 前向きに旅に出る気になったと思ってくれるだろう。 ふっと自嘲した俺は。オレンジ頭のイケメンへ言う。 「食材の調達は任せてくれ。 ・・・そうだな。6日目の朝には出発できるだろう」 待ってろよ、クソガキ皇女。 好きなもんを好きなだけ作ってやるから。
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