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「私、メリーさん。今、あなたの目の前にいるの」
そっと、わたしの手を取った。
ぼんやりと光に包まれた世界で、私は見えない目をこらす。
手元には、ぼやけた世界でもわかるほど赤く、柔らかいものが乗せられた。
「まあ。お土産?」
「そう。本当は紫陽花を持ってきたかったけど、今の病院はお花は持ってきて欲しくないみたいだから」
可憐な、けれどしっとりとした声で、メリーさんは言う。
「ひさえさん、原色だと見えるって言ってたから。すごく赤い布を買ってきたの」
「縮緬は手触りが楽しいわよね。小さい頃はよく触ってたわ、ありがとう」
「あとはこれ」
カン、という金属の音がする。私は、直感した。
「もしかして、お菓子の缶?」
「そう。お菓子の家のクッキーですって。かわいい動物たちのクッキーなの」
今度食べてね、とメリーさん。机の上に置く音がした。
ああ、なんだかすごく裁縫がしたくなってきた。食べ終わったお菓子の缶には、絶対に裁縫道具を入れていたの。
手が覚えているから、目が見えなくても縫えるかしら。
「たくさんリポートしてくれてありがとう。おかげで入院生活が楽しかったわ」
「本当? 本当はもっと言葉にしたかったのだけど、なかなか難しいわ。目に浮かぶように説明したかったんだけど」
「見えたわよ、心の目で」
そう言うと、メリーさんは笑った。
いくら目が悪くなったって、人の機嫌ぐらい、ほかの感覚でわかるのよ。
手を握ると、ほんの少し固くて、ちょっと冷たいメリーさんの手。でもそこからは、あたたかい感情がつたわってくる。
「退院したら、どこにでも連れていくわ。国内でも、海外でも」
「まあ。楽しみ。パスポート、まだ使えたかしら」
雨の音が聞こえる。
風の音が聞こえる。
人は何かを失うと、「かわいそうに」と言ってしまうものだけど、失うということは同時に新しいものを手に入れることだった。目が見えなくなったぶん、無意識に排除していた音を、意識するようになった。それは新しく知った、私の世界にもともとあったもの。
私の人生は退屈なものとばかり思っていたけれど、単に私が気付いてないだけだった。それが分かっただけで、素晴らしいことだと思えている。
看護師さんの足音が聴こえてきた。同時に、メリーさんがまたね、と告げる。
私も、またね、と返した。
暫くうとうとしていたのだけど、聞きなれた足音がして、ぱちりと目を覚ます。
「あ、こんにちは」
看護師さんの声に、私は、夫がお見舞いに来てくれたのだと確認した。
「こんにちは。妻の様子はどうでしょうか」
「ええ、今日も楽しそうでしたよ。今日はお孫さんがいらっしゃったので、すごく楽しそうでした。すごく綺麗なお孫さんですね」
「え……? 私たちに、子どもはおりませんが」
「え? じゃあ、あの子は一体……」
ドアの向こうから、看護師さんと夫の会話が聴こえる。
私は寝た振りをするために、布団を再び口元まで持ってきて、ふふ、と笑う。
おばけと友達なんて、知ったらきっと、びっくりするでしょうね。
ああ、あの子のためのお洋服を作りたい。
赤い服でも、それ以外でも、なんでも似合う、美人な子。
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