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いのちの鈴、届け、君に。
夏って言われて思いつくのは、いっぱいある。入道雲、青い海、セミの声、おっきい花火。
おれ、日野大輝の場合だと、それはラジオ体操になる。
「まずは大きく背のびからー」
朝の広場に小学生が集まっている。CDの声に合わせて、前に立つ大人のマネをする。
おれの目は大人を見ていない。理由はふたつある。
ひとつは、体操が身体に染み付いているから。夏休みの間、毎日欠かさず出席してるんだ。六年生の今日まで、ラジオ体操どころか、学校だって一度も休んだことがないんだぞ! お手本なんて見なくても分かるぜ!
それと、もうひとつの理由。こっちが本命だ。
おれのとなりで、一生けん命に身体を動かしてる女の子。
雪みたいに白い肌と、ツヤツヤした黒くて長い髪。
毎年、夏のラジオ体操の時にだけ会える女の子だ。
体操の一番が終わって、二番にうつるために、CDの入れ替えが行われる。前に立つ女の人——誰かの母親だろう——が作業をしている。
女の子が、ふうっと息をついた。ほんのり赤くなったほっぺたを見て、おれの心臓が変に暴れる。
ふわっと風が吹くと、女の子の髪と、首にかけている、体操の出席カードがゆれた。
『風宮鈴華』
ふりがなまでバッチリ書いてあるおかげで、おれは名前を呼べる。
「鈴華」
通っている学校も、家の場所も知らない女の子の名前を。
「……おはよう」
名前を呼んで、あいさつするだけだけど。
「おはよう」
鈴華がにっこりと笑ったのを見て、満足する日々であった。
だけど、そうもいかない事情がある。
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