SIDE A 1

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SIDE A 1

母が死んだのはホスピスだった。 岬の少し手前に建っていたそのホスピスに見舞いに行くのが、僕はとても苦手だった。その頃、コンタクトを入れ始めた僕はいつも軽く目が充血していたのだけど、母に、充血してるねと言われて、だから、充血した目を見せてはいけないと思っていたのかもしれないし、それはただの言い訳かもしれない。とにかく、もっとお見舞いに行けばよかったと思ってることだけは確かだ。だから今更のように僕は、この岬に立ち寄ってしまう。岬の先端には灯台があって、その手前には誰が設置したか、ベンチが木陰に置かれていた。僕はよくこのベンチで一人で過ごした。後悔なのか贖罪なのかはわからないけど、ここに来ることが習慣になっていた。 その日、いつものようにベンチで本を読んでいたら突然声をかけられた。 「何してるの?」 いつも誰もこないので普通に音を出して音楽かけながら読んでいて、人が近づいていたことにも気づいてなかった。傍らには、ホスピスの入院着であるくすんだブルーのワンピースを着た女の子が立っていた。 「本、読んでる」 彼女は笑いながら言った。 「いくら日陰になってるとはいえ、こんなところで音楽聴きながら本読むってかなり変だよ」 僕も笑いながら言った。 「変だよね。日差しもあって眩しいうえに暑いしね。家でエアコンいれて読んだらいいのになんでこんなところで読んでるのかなって自分でも思うよ」 「変なの。で、何の本?」 「夏だからね、夏っぽいSF」 彼女は首をかしげて本の表紙を覗き込もうとしたので僕は表紙を見せてあげた。 「なんか爽やかそうだね。面白い?」 「とっても。でも爽やかさは全然ないんだ。グロいしシュール」 「意外」 そういって笑い声をあげた。彼女はかなり痩せてはいたが、ホスピスにいるにしては病気にみえないくらい顔色もよくみえた。何の病気なのか知りたかったが、それを聞くとこの空気感が壊れそうで、聞けなかった。 「ね、そういえば、この前SNSで面白い説みたんだ。えっと、毎日一つずつ、三日連続で自分の好きな映画や本など趣味のもののお気に入りを紹介しあう、お互いとっておきのものをプレゼンする、それを三日間続けると、お互い好きになってしまう説。これ、あると思う?」 彼女は僕の顔を覗き込んで、そしてややいたずらっぽい表情で微笑んだ。 「初耳だ。でも面白そうだな。やってみる?」 そう言って僕がその説に乗ると、彼女は頷いて、そして言った。 「ちょっとジャンルと内容考えるから待ってくれる?」 僕と彼女は少し時間をとった。僕はわりとさっさと決めたんだけど、彼女は考える時間を欲しがった。
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