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「ただいま~」
おいらのご主人は、挨拶の良くできるいい奴なんだ。
人間はご主人しかいないが、朝起きれば「おはよう」を言うし、時々「おっ、ありがと」と感謝される。俄然やる気が出てくる。
そして、いつもの「あっちー」がない時は、『遠原かな』が一緒にいる時だ。
名前はスマホくんが教えてくれた。仕事の次に多く連絡を取っている人間らしい。
彼女の名前は『遠原かな』
「かなちゃん」と呼ばれている人だ。
かなちゃんがいる時は、ご主人のお喋りが少し丁寧に変わり、風呂前でもほぼ裸じゃなくて、服を着て過ごすようになる。
そして、冷蔵庫が俄然やる気を発する。
かなちゃんは、キッチンに立って、買ってきたいくつかの食材と冷蔵庫の中身を確かめながらご飯を作る。
野菜にお肉。もしくは魚。和洋折衷、色々作って食べさせる。
毎日来て欲しい、冷蔵庫はいつも言っている。
奴にとって、理想を叶える人間なのだろう。
ただ、おいらにとっては、ちょっと微妙な人間だ。
かなちゃんは、寒がりなのだ。暑がりのご主人めがけて冷風をかけるのだけど、かなちゃんが寒がる。
「寒い?」
ご主人がかなちゃんを心配すると、おいらの風向きを上向き設定で固定してしまうのだ。
最悪は、「一回消そうか」だ。
消すな、叫びたいが叫ぶための口はない。おいらほどご主人を幸せにしてやっている奴はいないぞ。
そんな時は、二度と来るな、とも言いたくもなるが、そっとキッチンを見つめると口を塞ぐ。
IHシステムキッチンくんよ……。
引っ越しの際はあれだけ「オール電化っすか」と大喜びし、引越祝いに集まった親友達に「すげぇだろ、IHだぜ」とさんざん自慢していたご主人が、彼を使ったことはない。
まぁ、月に数回くらいなら、来てもよいことにしてやろう。
奴があまりにも可哀想だ。
ほら、今もあんなに張り切って、お湯を沸かしたり、お鍋の火加減を調節したり……。
「ぼく、役に立つでしょう?」
まるでシッポを振っている仔犬のようだ。
「換気扇だって回してあげるからね」
至れり尽くせりで頑張っている様子は、本当に健気。
「お湯湧いたよ~。今、熱々。冷めないうちに使ってね~」
本当に、健気な奴……。見ていて切なくなってくる。
だが、電子レンジがほんの少し膨れているのも知っている。
だって、今日はお弁当温めすらないんだものな。
普段はお前が一番にご主人の食を支えているんだもんな。
だが、今日は耐えてやれ。そう、これは月に数回の奴の晴れ舞台なんだから。
大丈夫だ、みんなお前の頑張りだって知っているさ。
ご主人だって知っているはずさ。なぜなら、ご主人は挨拶のできる良い奴だからな。
だから、かなちゃんもいつも嬉しそうにしているんだろう。自慢のご主人を好きでいてくれるのは、かなり嬉しい。
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