第七章 向こう側の協力者

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 怜音は1対1でなら割と誰とでも話すことができる。相手がどんな人間かを考え、欲しがっている答えを先回りして用意することもできる。グループを前にした時でも、言いたいことがあまりなければそれなりに上手くやれる。ニコニコ笑って、時々あいずちを打っていればそれらしく見える。自分の色を消して何となく周りに溶け込み、カメレオンのようにじっと息をひそめている。  それは、怜音がこれまでの短い人生で彼女なりに身につけてきた生き延び方だった。ただし、それだとできないことがある。自分の言いたいこと、やりたいこと、思ったことを誰かに伝えることだ。  相手が1人ならまだいい。話の流れの中でそれとなく水を向けることもできる。だが、相手が集団になると話は別だ。飛び交う言葉を割って中に入ることができない。自分が何かを話し始めておかしな空気になるよりも、口をつぐんで『浮かないこと』を選んでしまう。そんな怜音にとって、いつも誰かに囲まれている真山は相性の悪い相手だった。 「まあ、気持ちは分からなくもないけどさ……これはあんたたちの問題でしょ。それに、前にも言ったけど、わたしはあんたたちの撮影にそこまで賛成じゃないからね」 「うん……わかってる」  怜音は下を向いて答える。冷たいようだが実里の言う通りだ。ここから先は自分自身で何とかしないといけない。楽しくおしゃべりを続ける輪の方を向いた。 「いや、別にあんたが無理しなくても……」  徳紗や今田に頼めばいい、実里がそう言おうとした時にはもう遅かった。怜音がとびきりデカい声で「ねえ、真山くん!!」とさけんだ後だった。真山が百瀬が、グループの全員が、さらには教室の生徒全員が怜音の方を向く。休み時間のさわがしさに包まれていた教室は一瞬で静まり返った。 「やることが極端なんだって……」  実里が頭を抱える。そのとなりで怜音は……突っ立ったまま固まっていた。顔が真っ赤になって、あぶら汗がだらだらと垂れている。いつもの手が使えないからペースが乱れた。その結果がこれだ。不審と困惑と好奇心に満ちたいくつもの目が、今も怜音をじっと見守っている。  こんなはずじゃなかった。グループの会話に入る時は、もっと細心の注意を払って、タイミングを見計らって、慎重にやるべきだった。間違っても大声で話を断ち切るべきじゃなかった。最悪だ。亀井怜音は目立ってはいけない。浮いてはいけない。周りに溶け込んで、息をひそめて、隠れていないといけない。そうじゃないと、あの時みたいに……。 「あのさ、亀井……なんか用?」  おそるおそる、といった様子で真山が聞いてくる。その声でハッと我に帰った。もう話しかけてしまった。後戻りはできない。訊くことだけ訊いて、さっさとこの時間を終わらせたい。 「飼ってる亀……見せてくれない?」  ちっとも我に帰ってなかった。何をやってるんだろう。人に物を頼む時は特に注意が必要だったはずだ。頼みごとを聞いてもいい気分かどうか相手の様子をよく見て、まずは外堀から一つずつ埋めていって、絶対にイヤな顔をしないことがわかった時に初めて切り出す。それくらいしないといけなかったはずだ。これじゃ真逆だ。思った通り、真山は困った顔で首をひねっている。どうしよう。これじゃ、借りられるものも借りられない。すっかり泡を食ってしまった怜音とは反対に、真山充は突然ニカっとした顔で笑った。 「ああ、『ヘップバーン』のこと?」
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