第八章 水中の切り札

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「『万年様』の問題も解決しそうだし、改めて今後のことを話しておきたい」  ろくに話したこともない相手の家というアウェーに来たせいか、徳紗はここまでほとんど声を出していない。借りてきた猫のようにおとなしかったが、ついにしびれを切らしたらしい。気づけば彼女のグラスだけが氷も含めて空っぽになっていた。 「あ、わるい。オレ、じゃましちゃってたな」  真山は頭をかきつつ、徳紗のグラスを片付け始めた。 「そろそろ締切まで半分を切るからね。時間はあんまり残ってないよ」  ここまで怜音もあまり意識していなかったが、最初にアキラと約束をしてからそろそろ1週間だ。撮影場所2ヶ所をロケハンした後は待機の時間が続いていた。『万年様』ができていなかったためだが、残り時間は確かに少ない。 「そうだったね……どうしよう」 「まず1番大事なのは、何と言っても今田くんだね。けど、大丈夫。調子が出てきた時の彼の集中力はケタ外れだよ」 「でも、本当にちゃんと調子が出るかな?」  徳紗は池の方を向いた。怜音もつられて目を向ける。 「すげえな、お前! めっちゃ絵上手いじゃん」 「こんなのいつも通り、なんだけど」  驚く真山に今田はわかりやすく得意気な顔をしている。確かに絶好調なようだ。 「だからさ、わたしたちもそろそろ始めないとダメだよね」  徳紗が話をこちらに戻した。彼女の目はまっすぐに怜音のことを見ていた。詳しいことは何もまだなにも聞いていないのに、無性に心臓が跳ねた。 「何を、始めるの?」 「撮影本番に入る」  徳紗の短い言葉に、怜音ののどがごくりと鳴った。
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