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第九章 波乱の撮影本番
今田から「『万年様』が完成した」という話があったのは、それから2日後のことだった。怜音たち2人はすでに『万年様』がなくてもできる自然公園での撮影をすませていた。万年池を指す立て札から、岸辺のキショウブまでをひとつなぎでスマホカメラで撮りながら歩く。実際に撮影をしたのは徳紗だが、最終的には『怜音が撮ったもの』ということにしてセリフを入れないといけない。
アキラに見せるのは『手術の約1週間前に撮った』という設定の映像。「約束をした日以来、怜音は毎日カメラを回して池の周りを歩いていたが、『万年様』は見つからない。そろそろあきらめの方が勝ってきていた」ということにする。だから、撮り方も少しおざなりで、足元の石につまずいてキショウブがカメラに入っても自然だろう。
撮り直しを重ねていく中で、最終的にそんな状況に落ち着いた。放課後の大半を撮影に使ったし、何なら頭もすごく使った。正直ヘトヘトだったが、休んでいるヒマはない。1番のヤマである『万年様』の撮影が残っているからだ。
しかし、すぐに第2のロケ地 『ひょうたん沼』に行くことができたわけではなかった。大きな『万年様』をそこまで運ぶ必要があったからだ。今田の家の前まで行った怜音たちの見た物は大きな段ボールの載ったリヤカーだった。
「何というか……すごいね」
思わず声の出た怜音に今田は得意気に口のはしを持ち上げる。
「まあ……伝説の亀でしょ? だったらある程度は大きさがないと」
「それもなんだけど、よくちょうどいい物が家にあったね」
怜音がリヤカーを指差すと、今田は「……そっちかよ」と顔をくもらせた。
「まあ……こんなふうに大きなものを運ぶこともあるかと思って。去年のクリスマスに頼んだ」
なかなか独特なプレゼントのチョイスだ。
「まあ、それはいいからさ。早く持って行こうよ。今日は盛りだくさんだからね」
徳紗が両手をパンと打ち鳴らした。
今田の引くリヤカーを後ろから2人で押し、何とか『ひょうたん沼』の岸までたどり着く。始まる前から疲れた気がするが、ここからが本番だ。うやうやしい手付きで今田は箱から『万年様』を取り出す。丸めた新聞紙の間から出てきたそれを見て、思わず2人の口から「お〜」と言葉がもれた。全体としては怜音たちが両手を広げたくらいの大きさだろうか。確かに世界にはもっと大きい亀も住んでいるが、これが公園の池を泳いでいたらギョッとするだろう。全身やこうらの色や模様も本物と見間違えそうなほどだった。『ヘップバーン』をよく観察したのだろう。今田が得意そうに言う。
「紙粘土に水を弾く塗料を塗ったんだ。色も落ちないしちゃんと浮くはず」
そうだ、感心してばかりもいられない。これを今から浮かべなくてはいけないのだ。
「これってどうやって撮影するの? 危ないことにならない?」
今田が万年様の鼻先を指差した。よく見ると透明なテグスがついている。結局どういうことなのか飲み込めない怜音に、徳紗が説明する。
「もう貸しボートの予約をしてあるんだ。それに乗りながら、このテグスを引っ張るんだよ。だから、水の中にわたしたちが入る必要は一切ない」
そのままワクワクを隠しきれない様子で続けた。
「わたしは岸からカメラを回さないといけないから2人にお願いすることになるけど……その前にたっぷりテストをするからね。ここが正念場だよ。ついに存在しなかった『万年様』がカメラに姿を現すんだからね」
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