第九章 波乱の撮影本番

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 ところが、事は思ったようには進まなかった。テストでの収穫は確かにあった。『万年池』の対岸には木製の柵が立っているが、『ひょうたん沼』にも似たような柵がある。対岸の全景を映してしまうとさすがに別の場所だと気づかれてしまうだろうが、岸辺の草むらと柵がカメラに収まっている程度ならばごまかせそうなことに気づけたのは大きかった。  また、『万年様』についてもちゃんと水面に浮かべることができた。今田がテグスを引っ張り、怜音がオールを漕ぐ役割分担もうまくいった。ただし、問題はそれ以前のところにあった。 「いやー……泳いでる亀には見えないよね、やっぱり」  苦笑いしながら言う徳紗に今田が噛みつく。 「しかたないでしょ、生き物じゃないんだから」  彼の作った『万年様』は本物の亀そっくりに見えた。きちんとそのこうらを水の上へ出すことにも成功した。だが、そもそも模型だ。泳ぐことはできない。ぷかぷか浮かんで、水面に立った波に翻弄されていく。特にズームした状態で一定時間撮影すると、それが生き物でないことは簡単にわかった。 「ぼくはちゃんと本物そっくりに作ったんだ。それが泳いでいるように見えないのはそっちの問題なんじゃないの?」 「それは確かにそうだね、ごめん。とにかく切り替えて次の手を考えないと」  徳紗のおざなりなあやまり方が今田の火に油を注いでいく。 「次の手? もしかして……作らせるだけ作らせて、コイツを使わないつもり? ねえ、ぼくは完成させるために二徹したんだけど!」  今田はこれまでに見たこともないような剣幕でつばを飛ばす。対する徳紗は勢いに押されながらも、口をとがらせている。このままだと撮影クルーがバラバラになりかねない。怜音はたまらず間に入った。 「いったんストップ! 確かに今田くんが怒るのもわかるよ。ここまでのものを短い間で作り上げてくれたんだから」 「でも、全部1人でやったわけじゃないじゃん。亀井さんもわたしも、けっこう骨を折って制作に協力してきたよね。それに、どんなに頑張って作ったものだって、完成図と食い違ったものだったらこだわってられないよ。次をどうするか考えないと」 「その『次』なんだけどさ……なんとかこの『万年様』を活かして考えられないかな」  何かちゃんとしたアイデアがあるわけではなかった。どちらかといえば、この場を収めたくて発した言葉だった。意外にも徳紗は言い返すことなく、「うーん」と考え込む。 「そりゃもちろん、これだけの時間をかけたからね。できれば何かの形で活かしたいけどさ……」 「一ついい?」と今田が手を上げた。さっきまでとは変わって冷静な口調だ。熱しやすく冷めやすいのかもしれない。 「本物に見えなくなるのって、ズームをした時でしょ? じゃあズームしなけりゃいい」  確かに遠くから撮れば動きはそこまで気にならないかもしれない。ただ、水面に亀の形をしたものが浮かんでいるように見えるだけだ。 「実際、アキラくんが見た『万年様』もはっきりと姿形を見たわけじゃないし。なんとかごまかせるんじゃないかな」  乗り気になる怜音とは反対に徳紗は渋い顔をくずさない。 「いや……どうだろう? 彼ははっきり亀井さんに『証拠映像を撮ってこい』って言ってるわけでさ。他のものと区別がつかないような撮り方をしても、納得してくれないんじゃないかな。それに、ずっと探していた『万年様』らしきものが水面に見えたら普通ズームするのが自然な動きだと思うんだけど」  確かに徳紗の言う通りだ。話がふり出しに戻ってしまった。3人で座り込み、頭を抱える。はっきりした答えの見えない中で「とりあえずさ……」と怜音が提案した。 「遠くから見た『万年様』だけは撮っておこうよ。何かに使えるかもしれないし」 「そうだね。ズームした映像はまた何かとつなげることもできるかも……」  気の抜けた声で腰を浮かしかけた徳紗はここで固まった。不審がる2人を前に突然「そうだ!」とさけぶ。 「ズームした映像は『本物』に出演してもらえばいい!」 「……『本物』って。それがいないからここまで苦労したんじゃん」  あきれたように言う今田に徳紗は不敵な笑みを返し、足元の『万年様』を指した。 「そうじゃなくて、『この万年様』は何をモデルにしてたっけ?」 「何って、『ヘップバーン』でしょ……まさか!」  何をするのかようやく見えてきた怜音に「話が早くて助かるよ!」と徳紗がすごい勢いで詰め寄ってくる。 「モデル直々にご出演いただく」
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